short | ナノ
くつり。嗤う声が聞こえた気がしたがノイズに紛れて、定かではなかった。

『明日のデートには行くな』

と、ぽつり相も変わらない声音が耳の奥に響く。
思考に陰をさす寒気を抑え込んで、“生”という札を引いた。

傍らの携帯を手に取りかける先は彼女。
前々からの約束を反故にすることは少なからず躊躇われたが、“生”には遠く及ばない。
そしてまたもや快晴という過程が収束して、にわか雨が降り注がれる標的たちは何も知らない。
俺がそれを選んだということを。

にやり、とほくそ笑み、雨天が俺の選択が正しかったことを思わせてくれる。


「すまんのう……じゃけえ、しょうがないことナリ」


けれども、本当の答えが判るのはこれの直ぐ後であった。
先が見えていたはずの俺すらも未知の出来事。
雨が吹き込むホームの最前列。
列車が来たから、と第一歩踏み出そうとした瞬間、身体の強張りを感じた。

あとはコマ送りのように世界が止まって見えたのだ。
いつかの焦燥に呑まれる喧騒を事切れそうな意識の中で体感し、誰かが言ってた。
『あの子は独りで』
帰りのホームから、足を滑らせ――――。





『こっちにおいで』


目を開けるとそこには、沢山の道筋が俺を引き擦り込もうと雁首揃えて待ち構えていた。
その、それぞれの道に佇む死神が嗤っている。
それの意などとうの昔に知っているから、俺は奴と同じ顔で背を向けた。
道と道の隙間で、道に在らざる道を突き進んでやった。

追いかけてくる闇の手。振り返らず。ひたすらに駆け抜ければ。やがて。


「にお、くんっ……!!」
「「「「「「仁王(先輩/くん)ッ!」」」」」」


目が覚めた。現実世界に舞い戻って来たのだ。
ベッドを取り囲むように見慣れた面々が立っていて、手放しに喜んでいる。
だが俺はというと、自分でも驚くほどに感情が消え去っていた。

人生には死への道筋が予め決まっているものらしい。
しかも、その道筋を逸れた場合は生きられるという代物。
ならば人生の意味とは意義とは、馬鹿らしくて何も感じやしない。価値の喪失だった。
それでも存在理由など、後で決めるものだろう。生きていれば、きっと。


『残念だなあ……あと、少しだったのに』
「……そう、易々と死んで堪るか」


そう嗤う、ひとりで。そして、自分自身に”生”を祈れ。
自分自身の導きのままに動け。
例えそれが無駄に終わったとしても。何もしないよりマシというものだろう。
未来予知の代償になど、この俺が気付かないはずがない。

答えに隠れた抗えない事実。
迫る“死”から逃げ続けたところで“死”が居なくなるわけがないのだ。
判っていた。あの声の真意を覚った時からずっと。選んだのは他ならぬ俺だ。
だから、さよなら愛しき平凡な日々よ。

もう何も知らなかったあの日常に戻ることは不可能。
引き返せない崖っぷちまで俺は来てしまった。
しかして、戻らなくて良い。戻れないのは、道を踏み外した俺だけで良いのだから。




『僕は君が気に入った』




雁首揃え四方を囲む暗い道筋。
そこの万人は嗤う。やがて訪れる未来予知の言葉を知っているのだろう。
最早ここに逃げ場など1mmも存在していなかった。
それが逃走に逃走を重ねた俺に残された最後の道筋であった。

『諦めて、こっちにおいでよ』
最後の通達。いやに明瞭で、憎らしささえ覚える。


『明日、君は』
『どうがんばっちゃっても死にますよ』


くつり。嗤う声が今度ははっきりと聞こえてしまった。ノイズは晴れた。




「……いかにもイカサマ、っちゅー人生じゃな」




つまりはババ抜きの原理で、ジョーカーが自らの懐に来ないよう“毎日”を引くだけ。
イカサマしてそれを遠ざけても結局は廻り廻って帰って来るのだ。
嗤うしかない。ババ抜きじゃ仕方ない。

この場でババ抜きをしているのは己しかいない。であるからこれは必然。

自らイカサマをして“死”への道筋を歩んで来た。
怖い。脳裏に過ぎった不安。久しく感じていなかった感情に今「おかえり」と言いたい。
死ぬ程の不安が愛しくて、そこで漸く価値が見出せた気がする。
そう嗤う、ひとりで。そして祈る。もう一度だけ訪れる導きを導くように。


「――明日、雨は降るかのう」


降らなければ良いのに。そうすれば、俺は。




イカサマライフゲイム
-雁首揃えたジョーカーの遊び事-



(『早く、こっちにおいで』)
(『そして、僕の相手をしておくれよ』)


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