short | ナノ


「俺は自分が嫌いや」


全く唐突に俺の恋人はそう言った。
さて、この台詞は今日で一体通算何回目になるだろうか。
記憶にある限り2、30回は優に越えている。
何回も口にするからとはいえこれは冗談ではない。

彼はいつだって本気。
それが彼の長所だ。


「奇遇だねぇ。俺も君のこと嫌いなんだよー」
「へぇ? せやったら、なんで俺と付き合っとんねん」


それは、俺が君のこと気に入ってるからだよ。
俺の返答が相当気に入らなかったのか、嫌そうにその端整な顔を歪めた。

彼、みょうじなまえという男は何事においても流されず適当を許さない。

その事の範疇には他人は勿論自分自身も含まれており、厳しさは自分自身へが一番顕著であろう。
本当。俺とは対極的な人だ。
だからこそ、俺は惹かれたのだけれど。


「寝言は寝て言いや。矛盾しとんで」
「矛盾なんかしてないよ」
「……」
「だって俺はなまえくんの規律正しい姿を好ましく思っている。でも、それと同じくらい君の持つ完璧さが俺は嫌いなんだ」


なまえくんが言葉を発しようと唇を動かした瞬間場にそぐわないポップ調の流行り曲が鳴る。
俺の携帯。これは着信かな。
俺は迷うことなく通話ボタンを押した。




「もしもーし! え、ユカリちゃん? ……全然! 覚えてるよー勿論! ええ? 俺は君が覚えてくれてた方が嬉しいなぁ♪」




進んでいく話に俺の気分は右肩上がり。
それは、女の子から電話があったからでも話が面白いからでもない。

なまえくんが苛ついている。

その状況が堪らなく嬉しいのだ。
いつでも自分のペースを崩さずにいる彼が、俺の言動に調子を乱すなんて。
高揚しないはずがない。


――――…ダンッ!!


力任せに壁に押し付けられ、携帯が手から溢れ落ちる。
床に叩き付けられたにも拘らず壊れなかったその機械媒体。ラッキー。
通話口から女の子の声が不明瞭に聞こえてくるけど、今の俺には全然届かない。
だって。


「自分……ええ加減にせぇよ」
「何の事かな」
「女子ばっか相手しおってからに……俺まで縛り付けるとか何様のつもりや」
「人聞き悪いなぁ。俺はいつでも……なまえくんに自由と権利しか、求めてないよ?」


普段通りの覚らせない笑みで見つめて、吐き捨てられた舌打ち。
柄悪いなぁ。亜久津みたいになっちゃうよ。
苛立ちを健在させたまま俺の携帯を拾ったなまえくんは繋がった状態で返してくれた。
更には。


「明日午後8時ジャスト」


ってお誘いもしてくれた。
やっぱ優しいななまえくんは。
これだから止められないんだ。


「あ、もしもし? ごめんねーちょっと先生に話しかけられちゃってさ……え、今日? 行く行く♪ 君のお誘いを断るわけないじゃん!」


向けられた視線が心地好い。




膿んだ臓腑に塗れる
-反吐が出るほど卑しく-



(完璧主義者のなまえくんが唯一人間味を帯びるこの瞬間が)
(俺の最も好いているところ)


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