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(ボカロ×テニス/自然の敵P(じん)/カゲロウデイズ/sm15751190)




弾けた色彩。視界を遮り思考を毒した。

8月14日。明け方午前4時。
かっと眼を見開く。
薄暗い自室。変わらぬ天井の滲み。
少し速くなった呼吸と鼓動。

またか、腕で目元を覆って息を吐き出した。


「……っ、……」


じわりと袖を濡らし嗚咽を呑み込み、迎え入れた暗闇。
繰り返す悪循環。
目蓋の奥に広がるイメージが消えない。
嫌だ、嫌だ嫌だ。見たくない。


「にゃあ」


見たくないのに、ずしりとした重みは違わず腹の上に在った。
真白の毛並みのそれは首を傾げて俺を凝視。
意味有り気な眼差しを寄こして、また「にゃあ」と一鳴き。
奴はふてぶてしく嗤った。



***



8月15日。午後12時半位のこと。
快晴の今日は天気が良い。むしろ茹だる様な暑さに眩暈さえ感じる。
病気になりそうなほど眩しい日射しの中。
休日だというのに白石に連れられ、でも特別することも無いから駄弁っていた。
時間を持て余しているかの如くぼんやりと。
奴の腕の中には奴の飼い猫。


「あっついわー」
「せやな」
「……の割には暑そうじゃねーな」
「そか? 自分が暑がりなだけちゃうか」


この猛暑の下で汗一つかいていない白石。
いくら目の前の奴が涼しそうな顔をしたって、じりじりとした肌を射す陽光は変わらない。

暑い。けれど、猫を愛でるその横顔を見つめ頬を緩める。

貴重な休日を潰されても、なのに特別することがなくても、気にならなかった。
白石の望むことは叶えてやりたいと思うから。
勿論俺が手の届く範囲で、だけれど。


「あーつーいー……溶けるー……」
「全く、みょうじは体調管理がなってへんのや。……でもまあ、夏は嫌いやんな」


猫を撫でながら白石はふてぶてしく呟いた。
奴らしからぬ言い方にひやりと過った第六感。
気の所為であって欲しい。気の所為で。
何故、と言葉と口振りを尋ねる前に事は起きてしまった。


「――――っあ、!」


するり、と白石の腕から躍り出る様に抜け出した猫。
逃げ出したその猫を追いかけて飛び込んでしまったのは。




「、おいッ――……白石ッ!!」




赤に変わった信号機。
俺の声が澱む空気に喰われて薄くなる。
聞こえなかったのだろうか。白石の脚が止まることはなく。

鼓膜を裂く様に響き渡る警告音。
バッと通ったトラックが奴を轢きずって鳴き叫ぶ。
身体の芯に沈む鈍い衝撃音。次いで喚くブレーキ音。
まるで蝉のような高低様々な音に聴覚は許容オーバー。

血飛沫の色。目に痛い、鮮やかな紅。


「し、ら……いし……――ッ!」


決して快いものではない生臭い臭いが白石の香りと混ざり合って噎せ返った。

気持ち悪い。嘘だ。なんで。
気持ち悪い。こんなことが、有り得るのか。

込み上げる衝動を抑え込もうと両手で口元を覆う。
朧気に歪んだ視界の先でゆらゆらと地面が揺らいでいた。


『知っとった? あれ、陽炎言うんやて』
「……っぁ……、ッ……!!」
『今日みたいな暑い日しか見れんねん』


さっき交わした何気ない会話が脳内で木霊する。
笑顔が目蓋に焼き付いて、まるで直ぐそこに居るみたいなのに。
嘘みたいな光景を覆う陽炎が「嘘じゃないぞ」って嗤ってる。
動かない肢体。血の海のど真ん中で。お前は一体何をしているのか。

雲一つない晴朗な空は素知らぬ顔。
続々と集まってくる人だかりの喧騒。
地面に広がる色に相反する頭上の青と傍らの喚く声が紛れもない事実で。
夏の水色、掻き回す様な蝉の音に全て眩んだ。



***





「――――ッ、!!!」




かっと眼を見開く。
目を覚ました俺は時計の針が鳴り響くベッドで、重たい身体を起こす。
どれくらい、寝ていたのか。随分と長く夢を見ていた、気がする。

内容は覚えていない。でも、本能が警鐘を鳴らしていて。
胸騒ぎが止まない。

焦点が定まらない双眸で時計の針が示す時間を眺めた。
8月14日。午前12時過ぎ位を指す。
どくり。霞みがかったイメージが流れた。俺は、これを知っている。
砂嵐に交じる映像のバックで、やけに煩い蝉の声を覚えていた。


「(……でも、少し不思議だな)」


夢の断片を思い起こして生じた感覚への一抹の疑問。
昨日も同じような夢を見なかっただろうか。
その前も。そのまた前も。



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