雲一つのない日曜日。
全国大会が終わりを迎え、引継ぎも難なく終えたのはつい先日のこと。
だけれど、まだまだ残っている生徒会の仕事。
不覚にも溜めてしまった仕事消化のために今日も日曜だというのに休日出勤。
そして、何故かこの空間にはもう一人居た。
「……あ゛ー……休日ばんざーい……」
「で? 何でお前までここに居るんだ」
「えー? だってさー……ここってだらけるのに、最適だし……あはは」
「……あー分かった分かった」
生徒会室に置かれたでかいソファーの上に寝転がって天井を仰いでいる。
自堕落に浸っている奴はどこか優越感気味ににや付いていた。
別に対して気持ち良くないくせに。
上辺だけ喜びやがって。
こいつは俺が氷帝に転校してきて以来俺の周りに付いて回る変な奴。
自他共に認める変わり者。
どこが変わってるかっていうと。
「うあー……あとべー……」
「……」
「……あとべあとべあと「うるせぇ!! ……何だ」
「なんかさー……俺、鬱だわー……」
こういうところ。
わざと纏う雰囲気を暗くさせて周りに心配させたがる。
うつ病きどりの一般人。
初めこそ誰もが(ムカつくことに俺もその一人)律儀に奴に対して親身に構って。
だがしかし、良い人ぶって励ますのももうめんどくさい。
元から俺はそんな気が長い方ではないのだ。
「あー……死にたい」
「じゃあ死ね」
「ひっでーの……あーあ……誰もかまっちゃくれねーし」
奴は傍から見ればただの死にたがり。
死んでもいーよ、心のどこかで誰かが囁く。
にたり、と不気味な笑みを貼り付けた誰かが吐き棄てる。
「死にたい」
「その台詞は聞き飽きた。もういいから死にやがれ」
「……お前に、何がわかるんだ」
と俺の真意を分からない奴が言う。
数分前まで浮かべていた嬉々とした眼はもう消えていた。
消えて、向けられた視線には苛高と悲愴が入り混じって。
「なら勝手に死なせてくれ」
と結局は一人になりきれない奴が言う。
口早に奴は自身が思う不平不満をぼそぼそと吐き連ねた。
はっきり言ってよく聞き取れない上にどうでも良い。
本当にそう思ってしまうぐらい聞き飽きたのだ。
どんなに奴が不幸を嘆いても結局のところ俺にとっては他人事だった。
勝手に死なせてくれ、そう奴は主張するが俺が奴の自傷行為を止めた覚えはない。
いつもここで独り善がりに泣いてわめいて。
手首切ったこともあった。本当に浅くだけれど。
その手当てをしてやったのはこの俺様だ。半狂乱に頼まれたから。
ったく、わざとらしいことこの上ない。
「死にたがりはさっさと死ね。誰も気付いてくれやしねぇからよ」
「……」
「今もどうせみじめなんだ。死んだっていいだろ」
ああ、こんな死にたがりの変人と時間共有を許したのが間違いだったかもしれない。
俺はこんなことを考えるような人間ではなかったはずだ。
後ろ向き思考に何も良いことなんて伴わない。
昔から叩き込まれたこと。今も思っていること。
なのに。可笑しい。
奴は傍から見ればただの死にたがり。
死んでもいーよ、心のどこかで誰かが囁く。
にたり、と不気味な笑みを貼り付けた誰かが吐き棄てる。
その誰かを真似て俺はにやりと口を開いた。
――死にたがりがまだ生きてんのか。
――死にたいくせになんで生きてんだよ。
――死にたがりは死んでもいいぜ。
――死にたいんだろ?死んだらいいじゃねぇか。
俺から飛び出す言葉はどれも奴に突き刺さるだろう。
分かってる。
それが奴をそれなりに追い詰めるであろうことも。
それでも、俺の口は止まることをしなかった。
不自然に攣り上がった口端が気持ち悪い。
俺も奴も。冷えた空気に似合わず表情は笑みに歪んでいる。
はは、と乾いた溜め息とも笑いとも取れるものを吐き出して。
眉をハの字に垂れ下げた奴が言葉を吐く。
「俺は生きたくない、でも死にたくもない。何がしたいのかわからない」
「俺に聞かれても困る」
「……所詮は、他人事ってな」
「……つべこべ言わずに生きるか死ぬか、言っちまえばいいだろ」
窓の外は未だ快晴一色。
燦々と差し込む日光を一身に受けて奴は唇を震わせた。
ああ、なんて場違いな。
空気を読んでいないのは奴か天候か。
奴は俗にいう死にたがりらしい。
死んでもいーよ、遠い昔誰かに言われたらしい。
それが母親だったか父親だったか兄だったか親友だったかは定かではないらしい。
「……死にたい」
聞き飽きたと再三言っているにもかかわらずなおも言い放つ。
誰もかまっちゃくれやしなくなったというのに。
懲りない奴だ。
そんな我儘で不器用な奴に俺は今日もかまってやってる。
俺もとんだお人よしだな。
「っは……勝手にしろよ」
奇人変人の死にたがりはまだ生きている。死ぬ死ぬと連呼して結局死にきれていない。
本心が生きるか死ぬか、そのどっちを望んでいるのか。
本当は知っているくせに。
とっとと腹を括って決めろよ。聞いてやるから。
「……うそ、死にたく……ない」
「なら、せいぜい生きのびろ」
「…………冷てーの」
「あん? 知ったこっちゃねぇな」
にやり。
突き放した俺の物言いに奴は笑った。初めは表情だけ。
徐々に笑いは全身に及び、遂には大爆笑しながらソファーを転げ回る。
奴は巷では"死にたがり"のあだ名が付いているらしい。
"死にたがり"と囁かれることも一度や二度ではないらしい。
こいつに付けられた"死にたがり"というレッテル。
事の発端はこいつ自身では決してない。
ただ貼られて決め付けられて埋もれてしまっただけ。
「なぁ、死にたがり」
「んー……なーに?」
奴は傍から見ればただの死にたがりだった。
死んでもいーよ、心のどこかで誰かが囁いた。
にたり、と不気味な笑みを貼り付けた誰かが吐き棄てた。
だから俺は同じ笑みを貼り付けてそいつに吐き棄て返してやるんだ。
「つべこべ言わずに、せいぜい生きのびろ」
見ててやるから。
奴に向けて放った言葉は卓上の書類に吸い込まれた。
だけれど。
「跡部、やっさしー」
「……っは、今頃気付いたのか?」
「いーや? 最初から、知ってた」
にたり、と笑った奴には届いたようだ。
死にたがり
-せーぜー生きのびてやんよ-
(死にたがりが一番生きたがりなんだよ)
(知ってる)
(っは、俺様が教えてやったんだろーが。あーん?)
←
×