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「……っな、で……出ない……なまえッ……!」


重たく圧し掛かる不安に心が悲鳴を上げる。
心身共に軋んだ音を鳴らして。
だけれど、彼には届かない。


「――――あっそ。……もう、雅治なんて知らね」


そう言って彼は立ち去った。
かなり前の出来事のはずなのに、未だ鮮明に脳裏に焼き付いている。
あそこで俺が折れていればきっと事の顛末は変わっていた。
そうすれば……その後の展開など想像するに容易い。

全ては遅過ぎた。
後の祭りなんてよく言ったもの。


「もう、大丈夫やき。安心しんしゃい」


その時、突如として目の前に現れた野良猫。
元々猫は好んでいたのだが、何故かこいつから目が離せなかった。
泥に塗れ痩せた身体。
抱き締めればまだ温かさを持っている。


「……っお前さん……優し、のぅ……」


誰にも見せたことのない弱い弱い自分。
それを曝け出したのは出会って間もない、猫。


「……ただいま、なまえ」


女々しい自分の行為にほとほと呆れる。
猫に彼の名を付けて愛でるなんて。
呆れはするけれど、止めることは出来ない。

だって。



「、なまえ……会いとうよ……ッ!」



だって俺の身体はこんなにも彼を求めてる。
でも、代替が与えてくれるものなど一時の安らぎにしか過ぎず。
長くは続かなかった。


「お前さんも……俺を置いて、居なくなるんかッ」


温かさに慣れた身体にこの部屋は冷た過ぎた。
愕然の余り脱力。
項垂れた。冷たい。冷たい。




心身ともに擦りに擦り切れた頃。
音信不通の彼は突然やってきた。


「……今更、何の用じゃ」
「ごめん、仲直りしよう」


酷くバツが悪そうな表情。
何を今更、と俺に向けて発された言葉を黙殺。
嘘。本当は。


「……、なまえ……――――」




(彼と付き合って1年が経つ仁王が直面した壁を砕く切なめストーリー)


第三弾・千歳


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