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「千歳千里」


呼ばれた自身の名に面を上げると不機嫌そうな顔付きをした学級委員が立っていた。
手の加えられていないであろう髪は黒々としていて電灯の反射が綺麗である。


「提出物自分だけ出してないんやけど」


くいっと眼鏡のブリッジを押し上げる様が優等生っぽい。
いや実際のところ優等生なのだけれど。
本当にこの学級委員は眼鏡が良く似合う男だ。
なんてみょうじの非難を丸無視ににこにこと眺めていれば苛立った様に眉間に皺を寄せた。


「へらへら笑っとらんと早よ出さんかい」
「……ああ、すまんばいね」


忘れとったけん何も書いちょらん。
悪びれることなくいけしゃあしゃあと言ってのけた千歳は笑顔。
言われた直後固まったみょうじの表情は形容し難いものだった。

時刻は午後3時40分。
既に帰りのSHRも終わり部活へ向かう生徒が目立つ放課後の教室。
深々と吐かれた溜め息には諦めと苛立ちが織り交ざっていた。


「はあ……プリントはあるん?」
「? あっとよ」
「出しや」
「だけん、白紙「さっさと出す!」


少し強い語調に気圧された千歳は中身があまり入っていない鞄を開けて中を弄る。
すると数日前に配られたプリントが少しよれて顔を覗かせた。
それを確認したみょうじは少々乱雑に前の席へ腰を降ろし、千歳はというとそんな彼を不思議そうに見つめていた。


「何や」
「みょうじは帰らんと?」
「……そんな心配する暇があるんやったら、プリントやり」
「! 待ってくれっと!?」


今度はキラキラと嬉しさを全開にした期待の眼差しでみょうじを凝視。
相変わらず顰めっ面をしたままのみょうじは自身の鞄から文庫本を取り出す。
身を乗り出して次の言葉を待つ千歳に視線をくれることなくみょうじは頁を捲った。


「待っとるから、早よ書き上げ」
「嬉しかー! そっがこつなら早く仕上げんといけんね」
「期待しとるでー」


棒読みなのも今の千歳には関係ないようで、頬を緩ませながらシャーペンを手に取った。






カリカリとシャー芯とプリントが擦れる断続的な音が止んだのは教室から生徒が居なくなった頃。
千歳がシャーペンを置いて伸びをしたのとみょうじが文庫本を閉じたのは同時だった。


「終わったんなら貸し。持って行、……なん?」
「頑張ったけん、ご褒美欲しか!」


みょうじが取ろうとしたプリントを横から掻っ攫った千歳はやはり良い笑顔で。
どうやらご褒美をくれるまでプリントは渡さない心積もりのようだ。
心底嫌そうな顔付きのみょうじが数秒考える素振りをして、おもむろに眼鏡を取り去る。


「みょうじ? 、ッ!」
「……ン、お疲れさん。よお頑張ったな」


離れていく顔、というか唇に千歳の視線は釘付けで。
キスされたと認識したのはみょうじが収集したプリントの束片手に教室を出た後だった。




置き去りの鞄を抱く
-彼は戻ってくる-



(帰るで、っ!? っておま、何すんねん!)
(みょうじカッコ良かーッ!!)


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