short | ナノ


――――…ちゃぷ


水面に自然発生した波紋から俺の足という障害物に衝突して爆ぜた飛沫。
飛沫が周囲に散布すれば波紋と波紋が互いを打ち消した。
されば、綺麗な幾何学的紋様はその外郭を崩し瞬く間に水面下に吸い込まれていく。

頭上には蒼白く発光する月。
空しさが胸中を渦巻く中、まだ満月には届かない不均等な円形に不思議と安堵を覚えていた。


「    」


小さく、本当に小さく放った呟き事は泡立つ波の音に呑み込まれた。
細かい粒子を思わせる砂は意思持たぬ波に弄ばれ悪戯に足にまとわりつく。

冷たい。でも、温かい。

昼間は触れるものを焼き上げようと躍起になっているのに。
夜ともなれば肌を突き刺す冷たさを持っていた。
ここは昼夜でその顔を変えるのだ。




「――――…なまえっ!」




静謐な空気に突如発生した焦燥気味な声音。
ばしゃばしゃと無遠慮に水を踏み荒らす音が鳴って、気が付けば背中が温かい。
彼は何の躊躇もなくこの底無しの領域に入ってきた。

波立った水面は更に高さを増し脚を濡らす。
後数十分もすれば迎えるは満潮。

この立ち位置だと境目は股下辺りだろうか。
ああでも、後ろの彼は少し俺よりも身長が低いから股上付近までに及ぶかもしれない。


「なまえ……ッよかった……!」
「……サエ、」
「まだ帰ってないって、電話があったから……俺心配でッ」


背後から抱き着かれた腕がぎゅっと俺の胸元を掻き抱いた。
心なしか声も弱々しい。
波が大腿部まで浸食し始めて、そして俺は直立不動のまま。

奪われる体温。脚の感覚が麻痺し出す。


「サエ……危ない」
「それはなまえも同じだろ……! 満潮の海は危険だってあれほど、」
「俺は大丈夫だから……離れて」
「嫌だ……! 離すもんか、ッ」


夜特有の冷たく暗い波の引きが強くなる。
揺らぐ下肢と力む足の裏。

冷たさが痛みに変換される中で、サエと触れている背部だけが異様に熱を持っていた。
その人肌が温かくて優しくて。


「、なまえ? ……ぁ……!」
「……そんなこと言って……、離したくなくなるだろ」
「っ、離さなくて良いよ……」


背面から正面に向き直ってきつく抱き締めれば、更に密着してくる身体。
動きを止めた俺達は満潮を迎えた水面にとって障害物以外の何物でもなく。
やはり、波紋を崩すだけに留まる。


「絶対、……離さないで……っ……」
「、そうだな…そうしとく」

水面が揺らいだ。
海は変わらずにこの身体から体温を奪っていく。
けれど海水がどう足掻いても、密着している部分だけは切り離された様に熱いままなんだ。




海月は浮かむ
-ずっと、このまま-



(――――…ちゃぷ)
(気付けば空しさは消え失せていた)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -