short | ナノ
部活の疲れた身体を引き摺って玄関に入って視線が止まった。


「!」


この家のものではない、けれど最近良く見る男物の靴。
逸る心臓を感じながら足早に居間へと向かう。

兄貴と向かい合わせになって座っとったのはなまえさん。
兄貴の小学からの友達。とどのつまり幼馴染。
そして俺の片思いの相手。


「お。光、お帰り」
「お疲れさん。いつもこんな時間なん? 頑張ってんなぁ」
「……ども」
「こいつレギュラーなんやで!」
「知っとるっちゅーねん。聞き飽きたわ、アホ」


苦笑いを浮かべたなまえさんは兄貴を一瞥してまた俺に向かって手招きをした。
断る理由もなくラケバを居間の隅に立てかける。

……汗臭くないやろか。
一応いつもの習慣で制汗剤は使ってきたんやけど。
くそ、何で部室にシャワー付いてないねん。


「ん?」
「! ……な、なんすか」
「光クン、このピアス新しいよな?」


臭いのことじゃなくて良かったとか。
誰も気付かなかった新品のピアスに気付いてくれて嬉しいだとか。
思うことは色々あったのに「光クン」の単語が耳に不快に引っ掛かった。
いつからだったか、呼び方が「光」から「光クン」に変わったのは。


「……よお気付きましたね。兄貴なんかピアスのピの字も出てこんかったんに」
「なっ! 普通は気付かんやろ!」
「はは。まあこいつならしゃあないわ」
「なまえ! お前も何笑てん!」


なまえさんは何かがツボに入ったらしく実に愉快そうに笑っとった。
この人はいつも楽しそうに笑顔を絶やさない。
俺の無愛想な態度に眉一つ顰めることなく、いつも。








「で、このピアスどこで買ったん?」


兄貴をひとしきりからかったなまえさんの手が不意に耳を触れて身体が強張る。
平熱は低いはずの体温が急上昇した気がして、思わず震えた唇。
平常を心がけようとした意思はあえなく水の泡となった。


「っ! え、駅前の……」
「ああ、あの店か」


そんな俺の態度には触れることなく耳元からなまえさんの手は離れた。
そして自身の耳を触れてうーんと唸っとる。
なんやピアスには気付いて俺の態度は気付かんのかい。


「俺も新しいの欲しいな」
「お前……あれ以上種類増やすんか」
「俺飽きっぽいねん。しゃーないわ」
「しゃーないて……はあ」


大袈裟に吐いた兄貴の溜め息を軽く無視してなまえさんは口を開く。


「な、光クン! 今度暇な時でええからピアス買うん手伝ってくれん?」
「え、は? ……俺、でええんですか?」
「もっちろんや! 光クン、センスええし」


この通りや! と拝む格好で頼まれて、断る理由はやっぱりなかった。
寧ろ願ったり叶ったりなんやけど、なあ……。




一方通行なのです。
-こちら側からのみである-



(てか、どないしよ……。な、何着てけばええんや……ッ!)


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