「あ、謙也。あれなまえさんとちゃう?」
「え? ……、……」
白石に促されるまま指の延長線上を見れば、片側に女を連れたなまえがおった。
今回は地味な子狙いやったんな。
つい一週間前の化粧がやたらと濃かったケバい女とは天と地ほどの差。
擦れ違う人が通り過ぎてこそこそ話す。
どうせ中身はなまえへの賛美と隣の女への嫉妬を交えた侮蔑。
「……別れたん、?」
「別れてへんよ」
若干気後れした声音での白石の言葉をばっさり切り捨てて。
あいつの浮気(と呼べるかも今やあやふやだ)は今に始まった事ではない。
「絶対別れへん」
白石が悲しそうに「そか」と言ったのを俺は聞き流す。
何か面白い話しでもしたのだろうか。
女の口が「ほんま?」とかたどって、二人して笑い合った。
「謙也」
「……」
「謙也!」
「っ! ……ぁ、何?」
「……凄いことなっとるで」
ここ、と白石が奴自身の眉間を人差し指で叩く。
そこでやっと自分が顰め面していたことに気付いた。
これが怒りなのか嫉妬なのか悲しみなのか俺には判断出来ひん。
もう一度なまえが居た方に目を向けるも、そこに姿は既に無い。
「ただいまー」
「……お帰り」
「どしたん、顔怖いで」
にっこり、こっちの気も知らんでへらへらしおってからに。
無性に胸辺りがムカムカしてきた。
「自分の胸に聞いてみぃや、こんの女誑し」
「女誑して……見とったんかい」
浮気がばれて焦った表情をしたのは最初の頃のほんの数回だけ。
後は今のように、どうでも良さそうな態度。
こんな奴さっさと見切れば良いっていつも言われる。
「謙也ー拗ねんなて」
「拗ねてへんわ。餓鬼やあるまいし」
「やっぱ女なんてつまらんわー……謙也が一番ええ」
こんな台詞を得意の笑顔で言って、そのまんま抱き締められてキスされて身体を繋いで。
「謙也、愛しとる」
そう囁かれる。
謝罪も配慮もましてや反省もないのに。
俺はこいつからどうしても離れられない。
指定席は譲らない
-絶対誰にも-
(ほんましょうもない人)
(そう許して、俺はこの立ち位置を確保する)
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