short | ナノ


「サエ、携帯が鳴ってるのねー」
「え? ああ、ありがとう」


数コールの末、通話ボタンに指を滑らせると怪しくも数秒間無言で――ブツと切れてしまった。
それに首を傾げている間に再び握った携帯が震える。
今度は無言ではない。
しかし、明瞭な人の声は聞こえなかった。
聞こえたのは調子の悪いラジオのノイズのような、雑音。


『…――……、…―』
「……! 皆ごめんッ、先に帰るね!」
「お、おお!」
「また明日なのねー」
「サエさんまた明日ーっ!」


明朗な挨拶を背に受けて、駆け出す脚が縺れそうになるのを必死に堪えた。
向かう先は漠然としか分からないのに。迷いはない。
誘われているかの如く。
何十分かも分からないぐらい走り続け、ばっと突然視界が開ける。

燦々と一点の陰りのない陽光。
肌を髪を撫で去る薫風。
仄かに香る潮に混ざる蝉時雨。

さわりと振れる枝葉にきらきらと光が反射して。
樹齢何百年とも云われている大樹の下――彼はそこに佇んでいた。




「――――…なまえ、ッ!」
「……虎太郎、久し振り」
「久し振り、じゃ……ないよ、!」
「やっぱり、淋しくなっちゃって……虎太郎に会いたかったんだ」


そうなまえは極々平然と言ってのける。
まるでそうあるのが当然なように、呼吸することが自然なように。
昔と何ら変わりのない服に身を包み、柔和に朗らかに彼は佐伯へと笑いかけた。

それがまた記憶にある限り最後のものと寸分も違わなくて。
不意に込み上げたもの。それを見せないように堪えるのに窮した。


「虎太郎」
「、何だい?」
「中学校は楽しい……?」
「……楽しいよ。皆良い奴らばっかで」


そっか。
そう一言を言って小さく頷いたなまえは少し淋しそうな羨ましそうな声色だった。
葉と葉の間にある木陰。
涼やかな風を一身に浴びながら、夏の陽気さとは裏腹に二人の空気は薄暗い。


「ねえ……あのときの"約束"覚えてる?」
「……? 覚えてるから、今ここに居るんだろ?」
「そう、だね……」
「俺達の最初で最後の約束なんだから、忘れない」


そう言い切ったところでなまえの表情は一転して、憂うように暗く落ち込む。
しかしながら、じっと佐伯の瞳を逸らさず見つめる視線は揺るがない。




「忘れて」




黒曜石のように深く黒い瞳。
どこか決意に似た何かを秘めた瞳。


「なまえ、何を言って……?」
「あの約束も僕のことも全部、忘れて欲しい」
「……っ……?!」
「ね、虎太郎」


窘めるみたいな柔らかい口調が殊更佐伯には拒絶に思えて仕方なかった。
佐伯は忠実な迄に"約束"を守り続けてきたというのに。


「きっと今日で最後になるだろうから」
「! 待っ――……!」
「今まで守ってくれて、ありがとう」


笑う顔が少し泣きそうなものになって、触れようと伸ばした指は空を掻いた。




浄化宣告
-薄く透過し逝く身体-



("呼んだら必ず来てね")
(笑い合った小学生の記憶が涙で霞んでいく)


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