その眼差しの十分の一、否、万分の一で良いから自分に向いたらとみょうじは思わずにはいられない。
テニスで鍛えた割には綺麗な指がまだ蕾すら付けていない茎を撫でた。
「幸村」
「もう時間かい? 真田」
「うむ、皆コートに集まっている」
「わかった」
そう言い踵を返した幸村。
はためくジャージが何とも様になっている。
彼は呼びに来た真田の脇を通り過ぎ、堂々とコートへ立ち去って行った。
いってらっしゃい。音なき声で見送ると、おもむろにみょうじは筆をとる。
油と絵具の臭いが混ざる美術室。
毎日足繁く通う部員は少ない。
部としては問題なのだろうがみょうじにとっては好都合だ。
こうしてひっそりと、けれど隠すことなく油絵に勤しむことが出来るのだから。
最も、見られたとしてもバレないように、見たままを描いているわけではないのだけれど。
晴れていれば眼下の庭を。
暗んでいれば写真の花を。
違和感など与えぬよう色を存在をその空間に溶け込ます。
「っし……もう少し、」
少しこの画について説明を加えるとすれば、これはみょうじの気持ちそのものであった。
告げる気のない、もしかしたら中学生という一片の中で生じた、所謂気の迷いと呼ばれる類の感情かもしれない。
認められない、肯定されない、実を結ばない、感情。
これをみょうじは無下には出来なかった。というより、したくなかった。
それ故に、無言でありながら持ち得る最大限の表現を、今、絵具に乗せている。
それで彼は満足なのだ。
混ぜ込んだ情は汲み取られることなく、上辺の表現のみが評価されると確信していた。
だから、幸村がこの画をことあるごとに庭の花とまた同様に愛し気に見つめているという事実など、みょうじは知らぬことである。
***
「やはり、ここに居たか」
「ああ……すまない、俺に何か用だったかい?」
「これを早急に確認して欲しくてな」
“早急“その単語を聞いて漸く幸村は話しかけてきた本人、柳と目線を交わらせる。
あからさまな態度が気に障ることはないが、やはり気になるもので。
柳は当初の予定では言うつもりのなかった問いかけをぶつけてみた。
――――その絵に、何か特別な思い入れでもあるのか?
確認するために伏せていた幸村の双眸がくすりともにやりともとれる不敵な色を見せる。
その意を柳は推し量れることは可能だったが、いかんせん信じられなかった。
推測の域を出ないとはいえ、データ上の彼は今しがた見せた情に興味関心があるとは思えなかったのだ。
「ちょっと、ね」
しかしながら、幸村が浮かべた色は間違いなくみょうじと同種である。
画布の山茶花は枯れぬ
-鮮やかなそれとこれ-
(離れるから、閉じ込めた)
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