short | ナノ
羨ましいと思った。

夢中になれるほど好きなものが一つでもあることが。
それを一意に追い続け、糧とし、最早自分自身の一部のように求める様が。
とても羨ましく、凄いと感じたのだ。俺にはないものを持っている。


「光、何聴いとんの?」
「追っ掛けとるバンド。ほら、この前言うたやつ」
「ああ、あれか。何、新曲でも出したん」
「おん。予約しといたやつ昨日取りに行ってん」


好きなものはそこそこある。別に好みがないわけじゃない。
好む傾向も毛嫌う傾向も理解しているつもり。
それでも、どこか浅かった。否。浅く感じてしまうのだ。
それを今更どうこうするつもりは更々ないのだけれど。
たまに、本当に些細な拍子に溢れ出てくる。

ひび割れたコップから水が染み出すように、細々と。虚しく。


「へえ……で? 今回のはどうやの」
「好きな感じのがちらほら……ドンピシャはないな」
「ほー」
「お前の気に入りそうなんもあんで……ほい、聴いてみや。何なら貸すし」
「ほんま? せやったら、有り難く借りよかな」


無意味な会話に表情が強張りつつあった。
嫌いではない。断じてそれは違う。

それでも、光ほど入れ込んでいないのもまた事実。
興味が全くないわけではないけれど、鼻息荒くなる程興味があるわけではない。
そんな中途半端な気持ちで、光の追っ掛けてるものに手は出したくなかった。


「多分お前好みなんは3曲目と5曲目やな」
「そうなん? ……よお覚えとんな」
「耳に残んねん。そん曲どっちもドラムが激しゅうて、良い感じにリズムが速いんやわ」
「……へー、相変わらず耳ええな」
「普通やろ。つか、お前かて聴こえとるんちゃうか」


人の好きなものを踏み躙るような錯覚に陥って、失礼だと思うのだ。
そして何より、惨めで仕方なかった。
入れ込み具合が天と地ほどに違い過ぎていて、苦しかった。
好きなものもないのかと。
比較すること自体間違っているのは百も承知の上で、そう感じてしまう。なんて。




「さあ? 俺、音楽疎いねん」




なんて、醜いのだろう。
自嘲の笑みはいつだって己に向いていた。
自嘲の言葉はいつだって己を剥いていた。

そうやって、一途に追い掛ける人の背中をただじっと見詰めるだけの毎日。
それが、虚しくて悲しくて惨めで悔しくて苦しくて、でも羨ましくて羨ましくて。
だからきっと人のもので代用しようと藻掻いているのだろう。
代用することでまた自身を傷付けながら。
性懲りもなく。何度も何度も。


「……でも、光の言うた通り好きかも」


そして、本当かも嘘かも言い聞かせかも判らぬ言葉を吐き連ねるのだ。




眺望にて羨望す
-誠に滑稽なり-



(欲しているのだろうか)


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