short | ナノ
漠然とした心持ちで空を見上げた。
今日は、何となくではあるが、酷く疲れた一日だったように思う。

受験勉強という避けられぬ課題に図書室に篭ること早3時間。
時刻は18時を回った頃、晩春の季節だと日が落ちるのは遅い。
風に流されている雲は、校舎とは対照的に明るかった。もう夕方だというのに。
とはいえ、生徒が居なくなった校舎は夕陽の陰りもあってか仄暗い。


「……つかれたなぁ」


決して無理をしたわけではない。
内容の質と量をどう鑑みても、寧ろ今日は緩い方だった。
けれど、この重たい倦怠感は何だろうか。
無理をしているわけではない。身を削ってまでやる程の厳しさは持ち合わせていないから。

ただ、橙に染まる空を揺蕩う雲が、どうにも羨ましく思えてならなかった。
何処にでも好きなところに行けそうで。何もしなくて良さそうで。
そのまま、流されていればそれで自身の役目を全う出来そうな。そんな感じ。
ーーーー生まれ変わるなら、雲が良いなあ。
じっと見つめていたはずなのに、気付けば橙だった雲は朱を通り過ぎ桃とも赤紫ともつかない不思議な色を湛えていた。

純粋に綺麗だと、みょうじは目を細め感嘆の溜め息を零す。




「――――ッみょうじ、先輩!」
「っ、?! ……え、ちぜん……?」




全く意識していなかった背後から、唐突に左手首を掴まれ目を瞬かせる。
虚を衝かれたというか鳩が豆鉄砲を食らったというか。
とかく、みょうじにしてみれば不意打ち以外の何物でもない。
ぽかんと見下ろす視線に居づらくなったのか、越前は所在無さげに掴んだ手を離した。
心なしか目も泳いでいる。


「どうしたのさ、急に」
「べ、つに………なんか、あんたが消えそうな……気がしたから」
「……は?」


完全に暗んだ辺りは薄暗く、目下の越前の表情を一層陰らす。
それは、不安そうな泣き出しそうなそんな一杯一杯の顔。
本人は恐らく無意識だろう。


「そっか……じゃあ、消えないように越前が見張っててよ」


このまま、空に溶けて混じってしまえたらーーそんな気持ちもあったのだけれど。
こんな表情の越前を見ていたら、もう少し頑張ってみようかなという風に思い直す辺り、大概現金なものだと思わず苦笑いを漏らす。
本当にただただ疲れていただけの、所謂、逃避行為だったのだと思わざるを得ない。

ふともう一度空に目を向ければ、流れていた雲はいつの間にか何処かへと紛れて消えていて。
そうしてまた明日も同じ空に浮かび、陽の光を浴びてその身を変えるのだろう。




沈まぬ太陽はない
-明けぬ夜がないのと同じように-



(気が向いた時なら、見ててやっても良いけど)
(うん、それで良いよ)


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