short | ナノ
ざわ。
完全に覚醒しきれていない霞がかった思考で風を感じる。
今年一番の真夏日。
吹いたそれはじとりとした生温く湿り気を帯びたもの。
不快指数が高まる中、唯一木陰というこの場だけが憩いの空間である。


「……ふー……気持ちぃー……」
「おい、みょうじ!」


人の気配を感じるのと同時に自身へと発せられた呼び掛け。
そして、靴底が細かい砂利と擦れる微かな音に閉じていた瞼を持ち上げた。
日陰から日向へ視線を向けるも、しかして逆光。
顔の判別は付かない故に判断材料は声のみ。


「んー……? あー丸井じゃん。どったの」
「なぁにがどったのだ!お前は毎度毎度部活サボってんじゃねぇよ」
「ああ、小向に頼まれたのか…お疲れさーん」
「お疲れさんて、お前なぁ……」


仮にもレギュラーだろぃ、と脱力感に満ちた声が近付いたと思えば更に暗くなった視界。
心地好さがために閉じかけていた重い瞼を再度無理矢理抉じ開ければ、今度こそ丸井の顔をはっきりと認識出来た。
寝転がった俺と仁王立ちする丸井。
普段からは想像もつかない不思議な距離感。
俺は彼よりも長身であるが故に常時彼を見下ろす目線にある。

だからこその違和。
偶然にも起こり得たこの逆転現象に自然と頬が緩んだ。


「……何笑ってんだよ」
「えー? 丸井を見上げるのが新鮮だなって」
「暗にチビだって言いてぇのか……!」
「あは、違う違う。上から見ても下から見ても丸井は可愛いってこと」
「は?! 、ッおま」


木陰によって出来た陰影が顔を覆い被すも、羞恥による赤みは隠し切れていない。
ざわ。
また肌に纏わりつく夏の温風が通り過ぎていった。
依然として見上げた視界は丸井しか目に入らない。
きつく眉を顰めて、きつく唇を噛み締めて。必死に羞恥を堪えている。
ああ、こんなにもいじらしい。




「丸井、大好き」
「〜〜〜〜ッ、ざけんな!!」




きっと俺のこういうところが丸井の反感を買うのだろうけれど。
俺の中に改善の二文字は存在していないから、結局彼に我慢してもらう他ないのだ。
ぎゅっと握られた両拳が僅かに震えたかと思ったらと、怒りを形容しそうだった眉がその力を抜いた。


「……いつも、ずりぃんだよ。バカ」
「うん、知ってる」
「俺の方が断然好きだっつの」
「ま、そういうことにしておこっか」


不意に伸ばされた手を極々自然に握り返す。
絡まった指と指が酷く熱くて、でもそれがまた心地好くて促されるように瞼を閉じてしまう。
真っ暗な世界の外側から丸井が小さく笑った気がした。




華やかサニーロマンス
-と或る真夏の逃避的逢瀬-



(所詮、互いにべた惚れ)


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