short | ナノ
(ボカロ×テニス/すこっぷ/もしも話/sm8744115)




もしもの話をしようか。
午後一番から手術を控えた昼食時。お見舞い、というよりは見守りに来たみょうじが口を開いた。
俺は美味しい昼食を頬張りながら首を傾げる。箸は止めない。
ここの病院の料理は意外と美味しい。


「もしも、お前の目が見えなくても俺は変わらず装いにはこだわるよ」
「……うん?」
「もしも、お前の耳が聞こえなくても俺はいつでも笑いかけるし」


何人もの患者が居て、薄っぺらいカーテンだけが個人スペースを仕切る大部屋。
周囲に聞こえない程度の声だった。


「もしも、お前の声が出なくても俺は絶えずに耳を澄ますと思う」
「それは……嬉しかねえ」
「お前のその目もその耳も口も全部、傍に在る、それだけで見返りもいらない」


眩しい日の光に照らされて少しみょうじの顔が逆光になる。
それでも、解った。不安そうな眼だ。
手術を受ける当人よりも数倍不安そうな表情をしていた。
今日の手術は別段命に関わるとか、成功率が限りなく0に近いとかそういった類のものではない。
みょうじが恐れる事など何もないというのに。俺には良く解らない。
こういうところが楽観的・能天気などと言われる所以なのだろうか。




「もしも話は好きじゃないけど、俺の居場所はここしかないから」




お前の隣しか。
恐れているのは俺が居なくなること。だろう、恐らくは。
話を聞きながら黙々と目の前の食事を平らげて、ごくん、最後の一口を飲み下した。


「なあ……もしも、仮に、お前の死が近付いたら――――」
「、みょうじ」
「俺は一足先に命を絶つから」
「――――……は?」
「千歳が外の世界で迷わない様に……俺が案内してあげられるように……先に逝って待ってる」


耳から入って来た言葉が信じられなくて、まじまじとみょうじの顔を見て、ぞく、背筋が冷えた。
迷いが見受けられない凛とした双眸。
今のみょうじならやりかねない。そう思わせるほど、力強い瞳だ。
彼はよくこういった感じに、別な意味で緊張させる。


「……縁起でもなかこつ、言わんね」
「そうだな……といっても今回の場合だと後追いになるだろうけど」
一呼吸を置いてから、へらりと笑ってやれば同じ様な笑みを返してくる。
それに、少しだけほっとした。
もうすぐ時間だ。手術室まで見送るというみょうじの好きにさせ、のんびとした足取りで向かい。

――――…あんな「もしも」は不謹慎だけど、生涯を全部投げ出せるほど…好きで仕方ないんだ。
――――…いってらっしゃい、待ってるから。

激励ともつかない言葉を背に受けて、俺は一歩踏み出した。



***



しん、と静まり返った手術室の前。赤いランプが光っている。俺は一人、待っていた。あいつの帰りを。




もしも話
-もしもは、なし-



(お前は”今“不自由なく生きているから、もしも話なんてただの戯言だ)
(でも、信じて欲しい。きっと俺は、お前を愛するために生まれてきたんだ)


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -