今晩は気味が悪い程に綺麗な満月だった。
底が見えない位深く冷たい闇の中に浮かぶ蒼白い円。
それを覆い隠す唯一の存在である雲は一つも存在せず、所謂快晴そのもの。
「みょうじなまえだな」
広く人々から月と呼ばれる衛星は満月の所為か快晴の所為か、いつにも増して一回り大きく見える。
それは太陽の反射によってのみでしか自身の存在を主張出来ないはずなのに。
夜という人間の勝手な枠の中で眩い程の光を存在を放っていた。
「この前は俺のダチが世話になったみたいやなぁ」
「俺らに喧嘩売ったらどうなるか分かってんねやろ?」
「明日のお天道さん見れんくなるで」
そして街灯がほとんど無い裏路地でその光は下劣なこの集団をもつまびらかに照らしている。
そう。月光は何も知らずに、天から地までの全てへ平等に行き渡るのだ。
その光のなんと眩しい事か。
「……それは脅しか? たった一人に多勢で臨む様な小心者が」
「ンだと、ッ!」
いきり立つ集団に迎え討つ俺。
俺らには闇夜を照らすそれは明る過ぎて、天を仰ぐ事さえ憚られる。
ギラリ、多勢の中の誰かが手にしたナイフが揺らめいた。
万人を等しく明らかにするから俺は月光を好むけれど、万人に等しく降り注ぐから俺は月光を好まない。
数を数えるのさえ億劫な集団全員を地に伏せて、立っているのは己だけ。
銀のナイフに映る俺は赤く黒く汚れていた。
***
「おかえ、ッ怪我しとるん?!」
「全部返り血」
「そ、なん? ……心配させんなや」
深い溜め息と共に「アホ」そう呟いて抱き締めてきた光先輩。
お世辞にも綺麗とはいえない身形故に、汚れると言って離れようとしたら余計強く拘束されてしまった。
力も体格も俺の方が断然上なのに何故か振りほどく気にならない。
「先輩」
「……なん?」
「もうここに来るの、止めた方がええですよ」
俺の言葉に大袈裟なまでに跳ねた両肩に震えた身体。
男にしては細い先輩は華奢と形容するに相応しく、俺の隣には似つかわしくない。
これ以上ここに居ても百害あって一利なし、もしかしたら千害かもしれない。
「先輩、大学推薦決まったんでしょ? だから、」
「なまえ」
「……はい?」
「自分に、俺の居場所をどうこう言う権利はあらへん」
未だ背中に回した手を離しはせず光先輩は顔だけを上げ真っ直ぐ向き合った。
そこにあったのは強い口調と相反する泣きそうに歪んだ顔。
潤む瞳の奥には芯が通った確固たる意志が窺える。
「俺の居場所は俺が決める」
つまりこれはここから立ち去る気はないという事。
先輩の凛とした姿は嫌いではないけれど、先輩の強い意思表示は嫌いだった。
月と光が暴く裏側
-それは穢れた弱い自分-
(見せ付けられて抉られる)
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