short | ナノ
(ボカロ×テニス/otetsu/ノラネコ/sm16475474






「……したら、さよならや」
「はい」


重苦しい空気の中、みょうじさんが無理矢理の笑みを浮かべ立ち去った。
別に笑う必要などないというのに。
最後の最後まで取り繕うとカッコつけようと頑張っている人だった。

別に彼に何か問題があったわけではない。
ただ、ひとえに問題は俺の方にあった。
未練がないわけではないけれど、何かに縛られるのが苦痛である性分。
だから、“彼”という首輪を外した日から世界は広がった。

何処へとなくふらふら歩いたり。誰となく気ままに夜寝したり。
ああ、自由ってなんて心地良いのだろう。



***





「なあ、自分今一人なん?」
「……」
「そないつれない態度せんと……自分、いける口やろ……?」


自由は好きだ。
だけれども、それはそれでなかなか磨り減った。
澱み濁った汚い空気を吸い。下卑て低劣な汚い欲に塗れ。
今までがいかに庇護されてきたかが良く分かる。
分かったけれど、止めようとも戻ろうとも思わない。

俺にはこの程度がお似合いなんだ。
あの温かさを誰かに重ねて探し歩いている癖に。
それを手放す様な救いようのない俺にはこんな連中が、お似合いだ。


「止めや」
「!」
「ンだよ! 邪魔すんじゃねーよ」
「生憎やけど、こん子は俺んや。他当たり」


暗く陰った路地裏に、彼は不釣り合いだった。
何で、ここに。生じた疑問は吐き出されることなく喉を下る。
みょうじさんに強く手を引かれたからだ。
あんな一方的な振り方をしたのに、彼はまだこんな俺に優しくしてくれるなんて。
とんだお人好しだ。


「……堪忍な、」
「え……?」
「もう、恋人でもなんでもないのにな……すまん。気を付けて帰りや」


眉間を曇らせながら、雑踏に紛れるみょうじさんを眺めた。
見つけてやっと手にした小さな小さな光なんて、触れると同時に消えてしまう。

そんな水を掴むような感覚。
水は欲したときに得られるから、気持ち良い。
常に在るのは、苦しいだけだ。


「――――…なァ、あんた」
「あ?」
「俺と気持ちええこと、せえへん……?」


彼の影を振り払うように雑踏を品定めして。しな垂れかかった腕。
下から強請るように見つめて、誘うように唇を薄く開く。
そうして腰に手が回ってきたら最早、男は俺の手の内。

飴と鞭は上手く使い分けるのがコツである。
彼にはそれがなかった。
確かに甘いのは好きだ。だが、甘いだけでは胸焼けを起こしてしまう。
みょうじさんとの関係はそんな飴のようだった。


「(……しくった……、こいつマジで下手……ッ痛いっつーの!)」
「……っはー……、ええわ……っ!」


それでありながら痛いのは大嫌い――そんなのは、ただの我儘でしかなく。
独り善がりな行為に苛々が募って溜まって、胸あたりが気持ち悪い。嘔気が競り上がってくる。
なんて、苦い笑い話。

あれもこれも全て自分自身が望んだことだろう。走る嘲笑。
“来て“と”見て“と秘かに思っていることなどみょうじさんには内緒で。
もしかしたらなんてものを都合よく夢見て、予定は未定にしていた。

まるでノラネコだ。

懐きはすれど飼われはしない。
たまに構ってもらって自分の気が向いたときに擦り寄る。それが理想だった。
それを“軽い”と“浅い”と“迷い”と嘲る自身に、そんなんじゃないと言い聞かせる。

俺は、ただ、自由に生きているだけ。
規定や指定なんかに縛られないノラネコのように。



***



今日も今日とて何も変わらない一日が過ぎている。
穴埋めたくて無理に彼に似せた色を付けた。そして使い捨てになる。
所詮は雄の欲を受け止めるただの黒猫だ。


「……っぁ、ん……、んッ――……っゃ、」


この行為をすることはもう慣れた。この行為をすることに恥は無い。
――――…また、引き留めてくれへんやろか。
淡い期待を胸に抱きながら、ぼんやり行為に没頭する彼に似た男を見上げる。
けれど、何も感じなかった。理由は明白。

みょうじさんではないから。

傍から見たら酷い笑い話だろう。
早く来て。早く見て。予定は未定にしてあるんだ。そんなノラネコの戯言。
誰にも届かない。汚らしいノラネコに耳を傾ける者などいなかった。


「財前」
「! ……白石、さん」
「俺で悪かったな。みょうじならもうじき来るんやないか」
「別に聞いてないんすけど」


黒い遺体は腐って朽ちて逝く死体。俺も同じ一途を辿るのだろうか。
一人で。惨めに。身体を汚したまま。


「自分、結構派手に遊んどるみたいやな」
「……俺が何しようと、俺の勝手です」
「ほお……随分な言い草やんな」


きつく睨まれてぐっと押し黙る。
白石さんの言いたいことなど手に取るように解った。

けれど、そんなんじゃない、と。今はまだ、ただ寝ているだけ、と。
そう否定して死んだフリのノラネコは都合の悪い事から目を背け耳を塞いだ。
本当、どうしようもない。
自分はこんなにも醜悪な人間だったなんて、知らなかった。




「だってそうやないですか」
「……」
「この現状が首輪を捨てた代償なんですわ」
「首輪て……あいつんことか」
「捉え方はご自由にどうぞ。ただ、俺は代償を甘んじて受けとっとるだけなんで」




口挟まんでください、少し語調を強く言ってみた。
すると白石さんは閉口し、思いの外あっさり俺に背を向ける。
ああ、見切られてしまったのだ。

この現状を選んだのが正しかったのか間違っていたのか、今となっては判らないことである。

どちらにせよ、俺は今日も飽くことなくふらふらりと繁華街をうろついた。
飲みたくも無い不味いミルクもだんだん慣れてきたけど、あの甘いミルクが恋しい。
恋しい。ミルクも手付きも眼差しも、全部恋しい。


「(……会いたいなあ……、)」


事が終わって数枚の金を机の上に置き消える男には目もくれず、脱ぎ散らかした服に手を伸ばす。
カシャン。
持ち上げた動作でズボンのポケットに入っていたネックレスが床に落ちた。
みょうじさんにもらったもの。別れた後も肌身離さず持っていた、大切な。

『財前、好きやで』

笑顔のみょうじさん。
首輪を付けられ続けていた日々を思い出した。
気まぐれで寂しがり屋なノラネコは、寂しさに耐えきれずに嗚咽を溢すのだ。




ノラネコ
-苦い笑い話-



(甘い痛い嫌い嫌い苛々)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -