頑なに拒む心の中に踏み込んで来た彼は、何とも晴れやかな笑みを携えていた。
それに気付けば絆され始めている自分が居て――――…藻掻いたけれど、全部が無駄に終わって。
そうやって彼に与えた地位は今まで大事に大事に取っておいた取っておきのもの。
「なまえ!」
「、謙也……?」
「せや! ったく、自分寝過ぎやで。千歳かっちゅーねん」
「……、……? 今何時……?」
「4時前や、もう部活始まんで。早よ起き」
未だに気だるいと訴える身体を無理矢理起こして、確かに太陽は記憶にある位置よりも下にあった。
校舎の外側で飛び交っている賑々しくも活発な生徒の掛け声。
どうやら昼休みからずっと眠りこけていたらしい。どおりで。
アスファルトに無遠慮に横たえていた身体が軋み悲鳴を上げている。
身を起こしたまま動かなくなった俺を心配してか、立った状態であった謙也がふとしゃがみ込みつり目なそれで覗き込んできた。
「どないした? 悩み事か?」
「……よう、判らん」
「そおか……よし、なまえ! 手ぇ出し!」
「は? ……、!」
ぎゅ。意味が解らぬまま言われた通りに手を差し出すと、温かい掌に包まれた。
正確に言うならば手を握られたのである。
所謂、恋人繋ぎと呼ばれる形態で。力強くも優しく握られた。
正直なところこれの意味というか意図が解らない。
ただ、右手から伝わる謙也のやや高めな体温が心地好いと思ってしまった。
ついでに暴露すると、この意味不明な行動に酷く安堵した自分が居たのだ。
「(……何故、)」
「……落ち着いたか?」
「!! ……一体、何やの」
「え? いや、その……あー……なまえが、泣きそうに……見えたから」
何となくこうせなあかん気がしてな……、嫌やったか?
別に行為自体を非難した訳ではないのに、悪戯を咎められた子供のように縮こまる姿がいやに心を掴んで離さなかった。
どきり、としたのかもしれない。
自分でも上手く消化していなかった事柄を覚られ、宥められたのが。
しかもこれが無意識の所業だというのだから、何とも恐ろしい。
「……いや、多分……合うとるよ」
「え……?」
「自分自身でもよう判らんねや。泣きたいとか、そういうん」
「…そ、か」
謙也は一言も否定を口にしない。
しない代わりに、肯定して許容するだけ。それだけであった。
出会った当初の少々強引な立ち振舞いが嘘のように、受け身な姿勢。
それがとても有り難いと思う日がよもやあるとは。
掬いの手
-ひとえに差し出されたもの-
(もしかしたら無意識に渇望していたのかもしれない)
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