short | ナノ
壊れるんじゃないかと危惧するほど粗雑に教室のドアをスライドさせて.
ずんずんと大股で目的の人物の所に向かう。


「なまえ!」
「……ああ、蔵リン。そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「ええ加減その呼び方止めぇ、て……は?」
「ちーちゃんなら、噴水付近の木陰になってるベンチでお昼寝中だよ」


ぺらり、文庫本のページがなまえの右手によってめくられる。
俺と会話を継続しているにもかかわらず、目線は決して文字から逸らされることはない。


「さ、よか……おおきにな、行ってみるわ」
「そだ、蔵リン。言伝頼まれてくれない?」
「? ええで。何て伝えればええん?」


そこで初めてなまえは面を上げて、良い笑顔で言伝なる言葉を言い放った。
一字一句違わずにその内容を伝えると一瞬にして青褪めた千歳に噴き出しそうになったのは内緒だ。



***



部活を終了するのにちょうど良い時間に差し掛かってきた頃合い。
クールダウンの最中だった千歳が唐突に動きを止め、フェンスに駆け寄った。


「っ、なまえ!」
「ちーちゃん」
「俺、これから真面目に来ったい! やけ「すとーっぷ!」


言葉を遮られて千歳の顔付きが酷く悲愴感に満ち溢れる。
普段から何をしても何をされても笑みを絶やさない千歳にしては珍しい表情。


「まだ部活途中でしょ? ちゃんと終わりまでやんなさい」
「ばってん! 俺ッ、」
「千里」
「っ、……分かったと」


しょぼん。
そんな効果音がお似合いなほどに彼はそのでかい図体を丸めて戻ってきた。
小石川あたりが慰めるも今の千歳には無意味なもので。
ここにいても聞こえる「なまえー……」という半泣きの呟きがかなり鬱陶しい。

ええ加減にせぇっちゅーねん。



***





「なまえーッ!」
「お疲れ様」
「……もう、怒ってなかと?」
「まだ怒ってて欲しい?」


ぶんぶんと頭がもげるのではと心配になるぐらい大袈裟に左右に頭を振って。
なまえはなまえでにっこりと微笑みながら千歳の頭を撫でていた。
癖のある髪の毛をゆっくり梳けば、千歳は気持ち良さそうに目を閉じてされるがまま。
ホンマに…犬と飼い主やな。

正直言伝の意味は分からへんのやけど、当人達には理解し合っているようだ。
気持ち良さ気にでも少しだけ不安そうに、千歳はなまえを見つめていた。


「そだ、頑張ったちーちゃんにご褒美あげよっか」
「!欲しか!」
「ふふ、おいで……ん、」


千歳が身を屈めてなまえが背伸びをして、手慣れている一連の動作。
つか、こいつらは人目という言葉を知っているのだろうか。


「ふぅ……ん……、ぁ……」
「っん……はい、ご褒美しゅーりょー。暫くの間はあの言伝有効だかんね。頑張って」
「分かっとよ、ばってん……今日のなまえは一段と意地悪かけんね」


口と口とを重ね合わせて数秒後には離れた二つの身体。
だけれど千歳はどこか不服そうに唇を尖らせている。


「そう? なら、ちーちゃんの所為だろうね」
「なして?! 俺ッ、何かいけんこつしとっと?」
「ふふ、違うよ。その逆だよ、逆」
「どげんこつ……?」


こてんと首を横に倒して言葉の意味を探ろうとして、でも千歳はよく分かっていなさそうだ。
その様子をさも可笑しそうに含み笑えば、おもむろになまえはその口を開いた。




「つまりは、千里が可愛い過ぎるってこと」




ボンッ、なんて音が聞こえてきそうな程顔を茹でだこにさせた千歳。
対するなまえはやはりというか余裕な顔付き。
あーもう!こいつらは…!




一面がお花畑であった。
-盲目な関係像-



(……くさすぎて砂糖吐いたるわ)


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