short | ナノ
暗い部屋の中でもそれははっきりと明瞭に見えた。
衝動のままに組み敷いて。すくった。さらえた。

渇ききった胸中が満ちて事が終えた頃には外は明るく。
ひやり、今更ながらなまえの背筋に嫌な汗が伝ったものの、体力が限界を迎え、無様にもぐしゃぐしゃになったシーツの上に卒倒した。
重たい目蓋に抗わずにまどろむ思考で、どうして、疑問が居座り続ける。

白石は終始抵抗らしい抵抗を見せなかった。



***





「……」
「……は、よ」
「…………もう、昼過ぎだけど」
「さ、よか……」


被っていた布団を引き寄せた白石は未だ眠そうで、放って置いたらまた意識を飛ばしてしまいそうだ。
カーテンの隙間から差し込む日光に髪の毛が反射していて。
色素の薄いそれの跳ねっ返りは酷く眩しい。

思わず目を細めてしまう程に目映くて。綺麗で。なまえに触れることを躊躇わせた。
ただでさえこの空間に在ること自体、場違いであるというのに。


「し、らいし……」
「、ん? ……どしたん?」
「……いや、……何でもない」
「……すまん、水……もろてもええ?」


掠れた白石の声。
その声が鼓膜に浸透した途端、全身が震えた。

搾り出すように「持ってくる」と発してなまえは部屋を出る。
直後、脳裏を過ぎったのは数時間前の出来事。
次いで襲ってきた後悔と罪悪感と嘲笑で。
いつから自分はこんなにも自制が弱くなっていたのか。
次から次へと湧き起こる自責の念に思わず頭を掻き毟る。




――――…俺にはそんな思いをすることすら赦されないというのに。




身勝手にも程がある。
ずっと持っていた所為か温くなってしまった水を一度捨て、再度水を注いで。
白石の待つ自室へと脚を奮わせた。


「白石、水持ってきたぞ」
「ん……おおきに」
「っ……」


グラスの半分ぐらいしか入っていない水を渡すと、白石はふわりと微笑む。
いつもなまえに向けるものと同じ。
ただでさえ居た堪れなくなっていたなまえにとって、その笑みは苦痛以外の何物でもなかった。
と同時にやはり疑問が生じてくる。
別に記憶が飛んでいるわけでもないのに、何故。


「……っはー……俺な」
「ああ」
「起きたら欠かさず水飲むようにしてん」
「……ああ」
「目も覚めるし胃や腸も活動するようになるんやて」


本当は湯冷ましの方がええんやけど、飲みきった空のグラスの淵を指でなぞる。
声音は普通。表情も普通。仕草も、普通。
全てが今まで見てきた白石蔵ノ介という男のそれ。

何故。なまえの表情がほんの少し歪になる。
何故。こんなにも、いつも通り話せるのだろうか。
それとも、これは全部白石が作った気遣いだとでも言うのか。




「……な、で」
「なまえ……?」
「何で、そんなに普通にしてられんだよ」
「……」
「俺は! 無理矢理お前を、!?」




続きを白い手で塞がれて、その手は小刻みに震えていた。
はっと白石と視線を絡ませれば普段の色は微塵も見出せない。
段々と負に染まっていく眼を見つめてなまえは息を詰める。


「普通にしてへんと……ッなまえ、謝りそうやったから……そんなん、嫌や……!」
「……普通、謝るだろ……あんなこと、」
「俺は、謝ってなんか欲しくない! ――…っ嬉しかってん」
「は……?」
「好きなんや、なまえのことが……っ!」


消え入りそうな声だった。
なまえが一度も聞いたことのない声質で白石が一度も覚らせなかった好意を。
泣き崩れた表情が悟らせた。




肥厚感情
-破裂要因は些細な事-



(その透明に煌く雫に)
(やはり罪悪感が拭えなかった)


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