short | ナノ
(ボカロ×テニス/doriko/キャットフード/sm12774972)






「幸村」


呼ばれたから振り返った。
聞こえた声は耳慣れたものであったが、この場で聞こえるのは可笑しい。
けれど見返った先の装いを見て合点がいく。


「真田、柳も。珍しいなこんな所で」
「ここの本屋に用があってな。精市は……みょうじか」
「そうだ。ふふ、柳には何でもお見通しだな」
「成程。それでそのような装いなのか」
「ああ、分かるかい?」


少し自慢げに微笑んで見せれば、二人も揃って頬を緩めた。
俺はみょうじと出掛ける日、普段以上に服装に気をかける。
だから綺麗に今日もキメていて、上から下までどこを取っても完璧。
誰もが今日の幸村を称賛してくれるはずだ、と。
真田、柳共々そう言い、待ち合わせの時間が迫っていたからと足早に二人と別れた。



***



誰もが称賛してくれるのだからみょうじもしてくれるはず。
俺の脳内ではそう信じて疑わなかった。


「みょうじ」
「ああ、幸村」
「ごめん、待たせた?」
「いや、まだ時間前だし……取り敢えず中に入ろうか」
「え……あ、うん」


あれ、と心の中で首を傾げる。求めていた言葉が返ってこない。
何食わぬ顔をしてみょうじが喫茶店へ先に入って、ドアを開け俺が通るのを待っていた。
見えてないはずがない。この万全に整えた格好を。
こちらを確認しこちらを見ながら会話をしているのだから。


「何も、ないわけ……?」
「? 何が?」
「俺の格好見て、分かんない……? 似合ってない?」
「格好……? 別に、いつも通りだろ」
「! ――――信じ、らんないッ!!」


ぶつけたい事は沢山あったけれど、泣いてしまいそうで店先から駆け出した。
こんな姿、見られたくない。
後ろから追いかけてくる言葉を振り払って走って走って、とどのつまり、みょうじの眼中になかったのだ。

俺の服装など微塵も。見向きもされなかったのが、腹立たしくて哀しくて虚しくて。

いつの間にか頬が濡れているのに気付く。
視界がぼやけていて――ああ……やっぱ泣いたのか、なんてどこか他人事のよう。
すると路面に丸い染みがぽつりぽつりと浮かび上がり、見上げた顔にも降りかかった。

突然の夕暮れ。突然の夕立。避ける気も起きない。


「寒いよ、みょうじ……」


冷たい風と雨は俺の身体をどんどん冷やしていく。
全身をしとどに濡らす肌寒い水が嫌いだ。
こんな天気じゃ涙だって乾かないじゃないか。

頬を濡らす雫は次から次へと伝い落ちていって、拭って欲しい、そう思う。
自身の手よりも大きなみょうじの手が恋しい。柔らかなそれで今直ぐ温めて欲しい。
なのにどうして。今という肝心な時に居ないのだろう。
どうして追いかけて、追いついてくれないだろう。どうして。
胸中に広がるのはみょうじへの不満と、どうしようもない程の愛しさ。

今、求めているのは彼からの愛情だった。

それは傍に居ることだったり、横になるときにしてくれる膝枕だったり。
みょうじが与えてくれるものは全てが全て恋人である俺の物。
だから、きつく奥歯を噛み両の手を握り、元来た道を引き返す。
幸村、そう言って向ける、穏やかで温かな陽だまりみたいな笑みを目指して。


「――――ッはあ……、はっ……」


気まぐれに通ったであろう道を辿ってみたが、残念なことにみょうじはどこにも居ない。
どうして、苛立ちにも似た焦燥を抱えたままふらりと近くの公園に立ち寄る。
そしてそこの遊具に力なく寄り掛かり、ぼんやりと未だ降り続ける雨を見つめた。

変わらず肌を伝うのは雨だと信じたい。
これが涙だったなら、もっとこの哀しさが増してしまうから。
戦慄きそうになる唇を必死の思いで引き締めて、雨を落とす淋しげな無彩色の雲を見上げる。
それが何と無く、こんな寒空の下で一人きりの自分みたいだ、と。
心の中で自嘲の笑みを零した。


「早く見つけろ……馬鹿、」


目を閉じれば「ごめん」と傘を広げるみょうじが居た。
花のように大きく広がったその屋根の下に潜り込んで、二人っきり。
なんて過ごす姿を夢見て、晴れを待ち遊具の中で一人雨宿りをする。



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