short | ナノ

――――にゃー。

偶然通りすがった耳の折れた猫は何か言いたげに俺に向かって一鳴き。
素直になれない自分に対して文句でも言っていそうだった。
なのにその折れた耳ではこちらからの小言は聞こえなさそうで。

良いなと、今だけ貸して欲しいと、そう思う。

逃げ出す直前に聞いた声が耳について離れないのだ。
だけれど、小言が聞こえない代わりに好きな言葉も聞こえないから、借りるのは今だけで良い。


「、みょうじ……」


みょうじの怒った顔は嫌いだ。
でも、甘やかすように笑ったあの顔も嫌いだ。
ならどんな顔が好きで一緒に居るのか、いつも考えている。
そしていつも否定する――――好きとかそんな簡単なことじゃない、と。
でも、愛して欲しいと心の片隅で思っていた。

みょうじが求めているのは愛情ではなく友愛である、そういう風に思う方がきっと楽だろう。
俺を生き甲斐にして過ごして欲しい、そう願うよりもずっと。
そう思いながらも本当は、今俺がみょうじの事しか考えていないのと同じように。
みょうじも俺に夢中であって欲しいと願っている。なんて矛盾だらけ。


世間一般で言う“素直”とは “我侭”のことなのだろうか。
なら「みょうじに無条件に愛されたい」というこれは一体どちらに分類されるのだろう。
「どんな言葉も許して」だとか「俺は悪くない」だとか言って。
そこも好きだと言って欲しいだなんて。

「媚びない」が俺自身だけれど、そんなところが「それでも良い」という彼の優しさと鬩ぎあう。
そうやって悶々と考えて証明されたのは、やっぱり言えないということだけ。
みょうじが「ごめん」と言ってくれたところで俺は「ごめん」と声に出せない。
言葉に、声に出して表すことが出来ない想いがあるのだから。期待しないで。


「恋人なら、察しろっての」


心に「それ」があるのなら、言葉で愛だの恋だのとか言わずとも分かるはずだろうに。
本当に心に「愛」だの「恋」だのがあるのなら。
冷えた身体を抱き抱えて遂に唇が戦慄いた。吐いた息が心なしか白く感じる。
先日の会話が不意に脳裏を過ぎって、自分の可愛げのなさにほとほと嫌気が差した。




――――美味しいご飯があるなら、一緒に住んであげるよ

――――笑えるテレビがあるなら、一緒に見てあげるよ

――――温かい寝床があるなら、一緒に寝てあげるよ




みょうじに対して条件を沢山出して、仕方ないなと呆れたような振りをして。
――――それ以上何を望むの? 聞いてやるよ
本当は何でも言うことを聞くつもりだなんて、そんなこと絶対知られないように。
どこまでも強がりを押し通す。
本当に彼が欲しいものをきっとあげられはしないから。


「……あーあ、失敗かあ」


いつも我侭ばかりだったから、たまには甘えたい。
だから、今日の格好をキメて「似合ってない?」って言ったときに「似合ってる」って返して欲しかった。
そう返したら満面の笑みで抱き付こうと思っていたのに。
そうして抱き返して受け止めて欲しい、と憧れていたのに。

なのに。みょうじはそんな俺を全然分かっていなかった。
こんな擦れ違ったままじゃあ、恋だっていつか冷めるだろう。


「そんなの、嫌、だな……」


みょうじが俺のことを好きでなくなるなんて、そんなことになるならいっそのこと俺から「さよなら」と。
多分涙目になることは必須だけれど、そうした方が良いと頭が訴える。
また溢れ出しそうになるのを堪え今も雨の中、遊具から出たら目の前に人影が在った。

やっと見つけた、そうどこか疲れた声音。
その声と広がる傘の下に飛び込めば堪え切れなくなった雫が頬を伝う。
いつまでもこのままでいたい。そう心の中でしか素直にならない俺が願っていた。


「あーあ……そんなに身体濡らして」
「……っ……ぅ、〜……誰の、ッ所為だ……」
「……ごめんって」
「! ッ――……馬、鹿ぁ……っふ、…ぅ」


陽だまりのようなみょうじの傍。温かなみょうじの腕の中。全部全部俺が望んでいたものなのに。
俺はみょうじの名前さえどうしても上手く言えなくて。
彼を喜ばせる言葉一つさえ強がりで猫被りな俺は言えないんだ。




キャットフード
-良い子振った面の皮-



(そんな俺を、丸ごと受け入れて)


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -