白が好きだと先輩は言った。
他のどの色よりも明るい白が好きなんだと。
けれど俺は白が嫌いだった。
その色に全てを掻き消されてしまうから。
「……今日で730日目、か」
閉じられた瞼は2年という長い長い時間を経て、やはり今日も開きそうにない。
毎日部活が終わってから通い詰めていつの間にか2年が過ぎた。
俺は高2に先輩は本来なら今年で大学進学。
先輩やったらどこでも好きなとこに行けたはずなのに。
でも、人一倍母親思いやったから……進学せず就職したかもしれない。
どちらにせよ先輩なら引く手数多だっただろう。
「……一氏くん」
「……もう、時間ですか」
「いや、……その」
俺の問いかけに何故か言葉を濁した先輩のおかん。
この人が新しく買うてきた花を花瓶へと差し込む。
白い花。名前は分からない。
空を泳いでいた視線がばちりと合えば直ぐ様逸らされる。
「ごめんなさい」
ここ2年でこの人は随分と老け込んだ。
当たり前と言えばそれまでなのだが、母子家庭の一人息子。
掛け替えのない人を奪ってしまったのは他ならぬ俺自身で。
本当ならここに来ることも許されないのに、この人は。
「もう……ええんよ……?」
「……ごめんなさい」
「っ、ええの……この子もきっと本望やった……やろッ、し……!」
ああ、またや。
また泣かせてしもた。
先輩のたった一人の家族をまた俺が悲しませてるんや。
無感情に先輩のおかんを眺めて直ぐに先輩を見つめる。
こうしてたらただ寝てるだけにしか見えへんのに。
規則正しく微かに上下する胸が確かに先輩の生を主張している。
「……、ごめんなさい」
「ぅ、ッ……――……!」
顔を覆って泣き崩れたこの人に2年以上前の面影はない。
ずっとひたすらに謝ることしか出来ない俺はひどく無力だった。
見た目的に呼吸をしているのか分からない薄く開いた唇に自身の唇を押し当てる。
仄かに温かい人肌。
先輩は生きている。
けれど白一色に包まれた今の先輩は死んだも同然だった。
「……また明日、来ますんで」
歳不相応の白髪のこの人を視界に入れて、その奥の床は白で壁も白。
その上の窓枠も白でカーテンも勿論白。
天井もベッドもシーツもドアも機器も寝間着も全部全部白白白。
あかん。窓の外側まで真っ白や。
「……っも、……来ないで……ッ」
途切れ途切れに紡いだ言葉は初めての拒絶の意。
ごめんなさい……、そう呟いた俺の一言はきっとあの人の心を抉った。
先輩。
白一色の世界はどうですか。
俺やっぱり白は嫌いやわ。
眠り姫の誘惑
-先の見えない眠り-
(あんたを連れてくから)
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