short | ナノ
(ボカロ×テニス/kemu/イカサマライフゲイム/sm16915126)




未来予知。
それが出来ればなんて楽に生きられるのだろうか。
必要最低限の事柄を必要最低限の労力で、のらりくらりと。
そうであれば望ましいのに、と常々心の中で思っていた。


『明日/快晴/24℃/18℃』
「晴れるんか……基礎練、めんどいのう」


手持ちの四角い画面を眺めながら、漠然と思う。
試合は好きだ。しかし、青く透き通る空の下でのあの練習は地獄でしかない。


「仁王くん?」
「ああ、すまんの……何か用じゃったか?」
「あ、の……来週末、部活が休みだって聞いたんだけど」

『明日の午後は雨が降るよ』

「は……? 雨?」
「え? 明日は晴れって、今、言わなかった?」


ぽつり、と耳鳴りのような雑音の中で聞こえた。
始めは彼女が言ったのかと思ったのだが、表情からそれはないと判る。
ならば誰かが俺に向けて言ったのかとも考えたけれども。
周囲にはそれらしき人物はいないし、目の前の彼女には聞こえていないようだった。


「……いや、気の所為だったようじゃ。で、何だったかのう」
「う、うん……来週末、暇だったらで良いんだけど――」


俺は、俗に言う“啓示”のようなそんな何かを聞いたのだろうか。
そんな馬鹿な。これは夢だ。それも白昼夢のような、だから気にも留めなかった。
『気をつけて』
留めなかったから、もう一度響いたテノールも素知らぬ振り。
しかしながら、耳鳴りに似たそれの意を知るのは翌日の夕方であった。


「……やだ、雨降ってるー」
「!」
「うっそー、今日快晴じゃないのー?」


快晴という予報――つまり過程は人知れず収束し、代わりににわか雨が狙ったように降っていた。
その叩き付ける雫の標的達は勿論俺達で。
窓の外ではずぶ濡れになりながら走る生徒の姿がちらほら見られる。
雨が降ることを誰も知らなかったのだ。

これはつまり、未来予知。




「(まさか、そんなことが――――)」




ぞくり、背筋が震える。
喜悦に似た何ともいえない感覚が駆け抜けていったのだ。

外を見たままぴくりとも動かなくなった俺を丸井が訝しげに問うてきて。
浮かぶ歓喜の笑みを普段の食えない笑みの下に隠すのに必死だった。
当然、今日の練習は室内で執り行われた。


それから何度となく、未来を告げる声は鳴り続けた。
全ては些細な事柄だけれど、必要最低限の労力で生きたいという俺には丁度良い内容で。
いつしか耳を澄ますことが日課になり出した。
あの雑音が少々耳障りであったが、それはこの素晴らしい“啓示”の代償として気にしないことにしている。


「……さて、今日はどんな内容かのう」


鈍色の雲。暗く淀む空気。
疲れた身体でそれを見上げ、またあのテノールが告げに来る雑音を感じる。
来た。俺にしか聞こえない、未来予知。

『明日バスに乗るな』『事故が起こるから』

それだけを告げるとノイズは消え、耳に入ってくるのは激しい雨音のみ。
あっけなくて少し物足りない。確か明日の予報は一日中雨だったはず。
翌日。少しだけ早く起き、傘を差し歩いて登校することにした。
普段はバスだ。けれど、バスに乗るなと言われたのだから俺はそれに従う。


――――キキィィイイッ!!


「、きゃあぁああッ」
「!!」
「誰か、っ! 救急車を――!!」


焦燥に呑まれる喧騒。轟音と共に拉げた車体。
弾かれた飛沫が飛び散る。どろり。

揺らいだ水面に車のヘッドライトが乱反射して、それは網膜を突き刺して止まない。
通行人は皆一様に息を飲んでその凄惨な光景に立ち止まる。
俺も例外ではなかったけれど、一つ周囲と異なることがあった。

くっと、口角がつり上がる感覚。
頭の中は真っ白になって動揺しているのに、俺は“最適な温度で生きられる”と確かに思ったのだ。
俺が望んだ風に。俺が望んだ程度の力で。胸に湧いたのは、優越感。



***





『こっちにおいで』
「? ……何じゃ、今の」


ごく、と渇いた喉に唾液を飲み下す。ついでに過ぎった不安も流し込む。
何やら最近の予知は不穏だ。

例えば、いつものコンビニに寄るなと。翌日雨天、そこは強盗に入られた。
例えば、いつもの大通りは通るなと。翌日雨天、そこは通り魔が現れた。
例えば、いつもの東門は使うなと。翌日雨天、そこはフェンスが倒壊した。

こまでくれば、この予知の本来の在り方が明瞭になってくる。


「つまり、死はそこらに落ちとるっちゅうことか」


そして、そのどれかで俺は死ぬということ。それが弾き出した答えだ。
“死”を誘う人生は雁首揃えて無数に転がっているというのに、“生”を導く人生はたったの一筋。
八方塞の現状。囲むのは宛ら死神といったところか。

自嘲の嗤いを浮かべ、左手で左半面を覆う。

そのまま思考を巡らせれば、やがて思い描いていた可能性は消え去った。
いつか見ていた憧憬。未来予知とはもっと明るく夢に溢れていたけれど。
あの頃は想像も考えもしていなかった真っ白なそれが、暗く穢れてく。

所詮、憧れは憧れのまま夢はマガイモノであったということだ。




「――――……っはは、まあ、それも一興ぜよ」




そう嗤う、ひとりで。俺は“死”を回避することを祈れば良い。
そして導きのままに行動すれば良い。




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