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小ネタ

白雲が月を覆い隠し辺りが暗む。
下階からの陽気な騒ぎが酷く場違いだ。


「あらん、旦那様見目だけやなく腕も良かったんやね」
「…はは」
「只者やないとは思っとったけどここまでやるとはウチの目もまだまだやわあ」


気配なく現れたのは俺をこの室間に案内した張本人。
口振りから察するにそこの二人を差し向けた元凶だろう。
不敵でありながら人当たりの良さそうな笑みが考えを読むのを遮る。


「「っ小春(さん)!」」
「こら、駄目やないの。仮にも一戦交えた人様を前に軽々しく名を呼んだら」
「そるは俺も同感たい」
「…で?旦那様は何で千里に会いに来たんですの?」


口元は一切崩さずに目付きだけがすっと鋭くなって。
罰が悪そうに俯いている二人の少年より世俗に通じた陰惨さを滲ませていた。
そうだ。この世はこうでないと。


「昔馴染みに会いに来たとよ」
「…数年も文一つ寄越さんかったんに?」
「思い立ったが吉日、言うけんね。行き当たりばったりなんは俺の悪か癖たい」


対する俺も薄ら笑いを浮かべ、おもむろに懐から長年愛用の煙管を取り出す。
懐に手を差し入れた時の二人の大袈裟な気構えが子供染みていて面白い。


「…あ、すまんばい。火種ば貰っても「千里はもうウチらの仲間や。おいそれと引き合わせるわけにはいかへん」
「……へえ」
「お引き取り下さい」


深々と下がった頭。
されど、隙を見せない動作。
そこの二人など目じゃないほどの手練れなのは明らかで、不謹慎にも胸が高鳴った。
このような絶妙な環境に身を置いている彼がどんな風に成長しているか。
ますますこの目で見たくなる。




「そげな理由で引き下がる思っとっと?」




力ずくでも会うちょるけん、腹括りなっせ。
ゆらりと立ち上がって冷えた空気が程好く肌を突き刺した。
夜風の波が薄らぎ、遠くで木菟が妖しげに鳴く。
目下の彼は大袈裟に肩を竦ませ顎で二人を奥へ下がるよう促した。


「仕方あらへんねえ……あまり揉め事は好かんのやけど」
「奇遇さね…俺もたい。ばってん、大人しく千里に会わせて来れち良かとね」
「それがあかんからこないな状況になっとんのやろ……はあ」


ほんま面倒やわあ、気だるげに見える手の動きは見ようによっては優雅で――…トントン、軽い木戸を叩いた。
瞬間。
気配無き攻撃が天井を突き抜けて降り注いで、紙一重で退いた人一人分の畳は針山となった。
ほう、と感嘆を漏らし浸る間もなく第二撃がやってくる。
殺意を滲ませた撃をのらりくらりと躱して、無駄な動きを一切許さない。
歪む唇は危うさ故でなく怖さ故でなく、単純なる愉しさ故。
対して険しさが増す青年の表情。


「甘かねえ……っ、と」
「…」
「確かに腕は一品ばい、ばってん…俺には及ばんとね」
「……あんた、ほんまに何者なん」
「千里の昔馴染み…兼、日の目を見るこつば認められん人間たい」


避ける合間は既に失せ、たん、と軽い身の熟しで畳を埋める武具の上に立つ。
そして嗤った。ありったけの殺意を込めて。
その気に圧されぴしりと空気が凍った刹那、ここは俺の独壇場。
一蹴りで青年との間合いを詰め、予め拾って手中に収めていた刃を振り上げた。




「――――…待ちなっせ、!」




郷愁を思い起こさせる訛。
聞き覚えがあってそれでいて少しばかり低くなった声音。
ああ、この感覚だ。
手中にあった武具を背後に放り投げ、こちらに駆け寄る長身を視界の中心に入れる。
対面していた青年は震えた息を吐いて「千里ちゃん…」と呟いた。


「…千里、久方振りったい。随分と男前にむぞらしか成長したとね」
「……むぞらしくなか。卦蛾こそ今までどこに居ったと」
「そるは秘密たい」
「てっきりどこかで野垂れ死んだ思っちょったばってん……荒々しか登場たいね」


唇を噛み締めて平生を装った口振り。
その胸中は憤怒か困惑か寂寥か。
何れにせよ俺には推し量ることは困難だ。
それだけの刻が流れ、捨て去られてきたのだから。当然の結末。
浮かんだ笑みは苦笑と呼ぶに久しいもので、きっと歪なもの。
そんな人間らしい表情自体がそれこそ久方振りだった。


「こげに居るちこつは、文ば読んだと?」
「勿論、だから遥々ここに来たとね。顔が見たくなったけん」
「……ほんに狡か男ばい、卦蛾は。いっちょん変わっちょらん」
「変わらんよ……今までも、これからも」


昔年の記憶みたいに柔らかな髪を撫でようと手を上げて、一瞬躊躇う。
薄汚れたこの手で。
俺なりに大事に囲ってきたこいつに触れるのが、酷く咎められたのだ。
持ち上げた手が不自然に空に浮いて、千里は静かにその手を自身の頬に寄せた。
びく、らしくなく強張った手指にくすくすと千里が喉を鳴らす。


「…何ね」
「いや、卦蛾が緊張しとるけん…珍しかもん見たち思ったとよ」
「……千里、」
「はは、そげに睨まんで。…卦蛾は変わっちょらんばってん、俺は変わった」


それだけの話たい、淋しげな笑みだった。
確かに千里は俺が居なくなった何年もの間に変わったらしい。
この子は俺の知らぬ間に大人がするような影のある表情を浮かべたのだ。
人はこれを成長と呼ぶのだろうか。


「嬉しかぁ」
「…え?」
「ばってん…ちょいと淋しかね」
「……あ、「おーい、下の相手がら空きやで。何しと、っ――…え?」


たんたん、と軽い足取りが鳴って幾何か遅れて窘める声がした。
突き当たりの古びた階段から覗かせたのは暗がりでも、否、暗がりだからこそ判る色鮮やかな着物。
その艶やかさに見劣りしない見目形が整った青年が驚きを露に眼を見開く。
勿論この場に居た者全員がそちらに目を向け、安堵に息を吐き出した。
「遅かったわねぇ、蔵りん」そう声をかけた青年の台詞は耳に入っていない様子だ。
ただ一意にこちらを凝視している。




「――――…なんでここに、居るんですか…っ!」




震えた声音。困惑する空気。
しかして、彼の言の葉に逸早く反応したのは彼の後ろに控えていた金色の髪をした青年であった。
割と細目な双眸をつり上げて殺気混じりで此方を睥睨。
語気荒く彼は俺に声を発する。
そうか。彼が護り手か。


「自分誰やねん…ここに、何の用や」
「…良か殺気たい」
「……ッ自分、馬鹿にすんのもええ加減に、?!蔵?」
「攻撃したらあかん!」
「何でや!?敵かもしれんのやぞ!」


しゃらん、しゃらん。
庇われた彼が小さく頭を振る度に髪を結っている飾り具が音を鳴らす。
鈴と同じく繊細で心地好い。
水を打ったかの如く静まり返った間にその音は染み入った。


「っ、彼が俺を助けてくれたんや…!」




***
長くなりました。
あくまでも男主のお相手は白石ですので(笑)
千歳とは本当に昔馴染みなのです。
そして意外にも謙也さんが敵意剥き出しに…キャラが勝手に動くェ…。


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2012/03/10 03:43

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