キミカ精霊研究所にて

 精霊研究所の最奥は、絶句するほど酷いありさまだった。道中の光景と比べるとじわりと胸に熱がこもる。
 ガブリエーレさんやサチさんを余裕で超える機械に、紫色の雷がびしゃりと音を立ててまとわりついていた。ところどころショートしているのか、黒々とした煙が昇っている。感電したのか、焼け焦げたひとらしいモノが積み上げられている様子に嘔吐感を覚え、思わず体を折り曲げた。
 あのひとたちは、一日が切り替わると同時に"なかったこと"になってしまう。残酷な世界の仕組みが頭の中を駆け巡る感覚は、いつまでたっても慣れやしない――

「あ、あ……ああっ……!」

 ――ぱしっ。
 雷の大精霊の力が作用しているのか、スパナやら螺子やらの工具が思うままに浮遊しているその中で聞こえてきた、ひとつの声。
 金の怒髪天を抱きしめた女の子が、虚ろな目をこちらに向けていた。

「シルフ、シルフの気配がする。なんでそっちのミカタをするの? ひどいよ、その石、魔石だもん。風のマナのにおい、いやなにおい」

 ――あの子がきっと、雷の大精霊!

「その石きらい。じゃま、されるもの。やらなきゃいけないの、だってわたし、レナトゥスから……あれ? なんでわたし、なにをしなきゃいけないの。わからない、わからないけど、その石はいや! それはきらいっ!!」

 ぶわ、と髪が広がる。攻撃開始の合図だ。怖気から一歩後ろに引いてしまった。
 きらきらと涙で輝くまろい瞳は宝石みたいで綺麗だけれど。その目に映るのは正体不明の怒りだけ。

「いますぐこわして――!!」
「そんなもったいないこと、できるわけないでしょ」

 軽い地鳴りと共に向かってきた雷にアメリアちゃんがずかずかと足を進める。このままじゃ感電しちゃうと悲鳴を上げると、呆れ眼と一緒に無対策じゃないと突き返された。
 そうして彼女はとりだした。荒ぶる少女と同じ金色の石を掲げ、静止する。雷がアメリアちゃんに集中し暴発した直後、ばちんと音を立てて四散した。
 中心にいた彼女は――無事だった。

「な、んで。どうして!」

 彼女が使ったのはトパーズだ。ただの宝石だけど、マナをこめることで魔術の媒介に使ったり、特定の魔術や能力の防御手段として活用できる道具だって、ガブリエーレさんから教えてもらった。
 錯乱している大精霊に教える気はないみたいで、ふん、とサチさんに向けて顎をしゃくったアメリアちゃん。おかしそうに笑ったサチさんに投げ渡された宝石が金の光を揺らめかせている。

「ガガーンとショック受けてぇな〜。白目剥いちゃう!? ――〈落雷(サンダーボルト)〉!」

 宝石に向けて魔術を発動したサチさんが、雷をまとうそれを大精霊の方へ放り投げた。僕を見やり飛び退いて、隣でウインクした彼に呆然とする。
 危ないことしないでと苦言を呈せば、アメリアの方が危険なことやらかしてると笑われた。そこ、笑うところ?
 ひとつがひとつと合わさるとふたつになる。同じものが集まれば強力な力になる。同じ属性のマナを宿す魔石に同属性の魔術をかければ、びっくりするような爆弾に変わる――爆弾の爆発に巻きこまれたら、大精霊でも怪我しちゃうはず。

「う、うえぇ……え……ん」

 予測は当たった。
 皮膚が丸く剥がれた手を擦りつけて、ひっきりなしに涙を流しはじめた大精霊の女の子。彼女に追撃をしかけようと武器に手をかけたアメリアちゃんが目を見開いた。
 それもそのはず。ゴロゴロと鳴り響いた雷鳴が女の子を貫いた次の瞬間、彼女の痛々しい見た目が消え失せてしまっていたのだから。

「ひどい! なんでシルフ、にんげんのじゃまするの!? きずつけられるのきらいでしょ!? もういやっ、にんげんもシルフもきらいっ、みんな、みんな――」

 再び怒髪天を衝いた彼女の咆哮が、僕らを狙う雷へと変わっていく。

「しんじゃえ!! ばかあ!!」


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