ようこそ風艦へ

 ――ひゅ、と、周りに漂う空気が変わった気がして顔を上げた。

「ベル様、魔術の気配が――!」

 鎌を僕の首前に固定したままのフリッツさんの睫毛が微かに震え、大きく声を張った。僕を守るように、もしくは奪われないように身を固め、後ずさろうと足を蹴る。

「遭難注意の標識、見えへんの?」

 だけど、早かったのは術者のほうみたいだった。ぱり、と硬質な音が鳴り大地が冷ややかな白色に包まれたかと思えば、一瞬にして視界が真っ白に変わり、味方の命をも脅かすような雪の塊が僕らに――恐らくは、標的であるフリッツさんに――殴りかかった。
 吹雪、っていうんだっけ。寒さにがちがちと歯を鳴らしながら、朦朧と思考する。術者はだれ?

「どう? さすがの海の星サマも、上級魔術には敵わへんやろ」

 雪道をずかずかと歩き、目的物が目に入ったのかにこやかに微笑みながら立ち止まったサチさん。自前の大砲、オプティミズムを一発ぶっ放す、ぼん、という音が聞こえた。それとは別の轟音と共に視界が晴れる。
 いつもと変わらない笑顔の中で、ベルくんが心底悔しそうに歯ぎしりを立てていた。

「ベル様!」
「おおっと、動かんほうがええでぇ。助けにいこうとすれば――」

 どこから出したのか、小刀をベルくんに突き立てる。

「こう。――ふふ、一度こういうのしてみたかったんよなぁ。悪役みたいやぁ」
「この、やろっ……!」



 吹雪いている中、アメリアは考えていた。
 サチの詳細なプロフィールはわからないけれど、どう見ても彼は成人している。二十もの人生経験は確実にあるということだ。二十年の中でいくら魔術師としての腕を磨けるかは見当もつかないが、上級魔術を使える彼は結構な実力者だろう。
 けれど、そんな手練れが一般の教団員の位で収まり続けるものなの?

(こいつ、やっぱり、なにか隠してる!)

 吹雪を散らし、呆然としている敵二人を瞬く間に気絶させた彼からウインクが送られる。正直めちゃくちゃ腹が立ったので顔を背けた。
 その間のことだった。ざ、ざ、ざ、と足音の波が聞こえ、何事かと正面を向く。赤フードで顔を隠した教団員の軍団が、昏々と眠る二人組を縄かなんかで縛っていたサチに向かってきていた。
 軍団の中から一人がはぐれ、鼻歌を歌うサチの目の前で敬礼をする。

「海の星の皆様と――」
「そこのエルフ、人間三人、オートマトンやよ」
「わかりました、ご報告感謝いたします」

 いえいえと手を振る彼と教団員の顔を見比べる。あの赤フードは聖輪の盾のもの。教団が自衛目的で作った騎士団だ。
 ――ぴんときた。つまり、これは。

「さっちゃんさんよぉ。あんた、オレ様たちのこと最初から見限ってたわけ?」

 裏切られたってこと!

「見限ってなんかないし、まだ仲良しやと思っとるよ」
「っつーかあんた、聖輪の盾に命令できる身分ってことはよ、そいつらの親分だったり――」
「正体不明神出鬼没のド偉い騎士団長サマが、一介の教団員やっとるわけないやろ。ボクは善良な一般教団員ですー」



 風を唸らせながら、空から影が降ってくる。巨大な艦が着地して数秒後、ハッチが開く。
 既に運ばれたフリッツさんとベルくんみたいに、僕らも両手を縄で縛られていた。これからあの艦の中に入れられるのだろう。

「"betep"……?」
「ヴィエーチル。風って意味だぜ。軍艦の名前だろう」

 ガブリエーレさんの顔を見つめる。いつものへらへらした雰囲気は消え失せていた。


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