壱話イメージSS 私の目の前で、私の葬式が執り行われていた。 最初は目を疑ったけれど、斜め下方向で進行している厳かなそれは、私が知る限りでは確かに"お葬式"そのものだった。 黒一色に身を包んだ関係者。笑っている私の写真の前にできている列。見知っている人たちの陰鬱とした表情。米粒のようなそれら全てを見下ろしている私。 景色も立ち位置もなにもかもが、三留小春は死んだのだと告げていた。 (って、いやいやいや、待って。だって私まだ十五歳だし、春から高校生で、そう、まだ入学すらしてないのに!) 青春もなにも体験せずに終わりを迎えました。残念でした、また来世――なんて、そんなの誰が理解できるというの。そうだ、まだ私の義父――京さんに恩返しすらできていない。就職して懸命にお金を貯めていい食事を提供したりしたかった。 呆然としていた最中、声を掛けられ、驚き半分期待半分の目を向けると―― 「よ」 「え」 宙に浮いた男の子がひらひらと手を振っていた。 ※※※ 「三留さん、放課後一緒にカフェに行かない?」 クラスメイトの○○さんの呼びかけに、勇気を出したものだな、と他人事のような感想を抱いた。 いじめられてはなく、むしろ関係は良好。ただし淡白。いてもいなくても構わない存在が、私だ。 なのにどうして話しかけたんだろ? ↓ 「今日、買い物頼まれてるから……ごめんね。京先生、遅くなるっていうから」 「えっ、京先生が!? 珍しいね、いつもは脇目も振らず早く帰るのに」 先生らしからぬ先生だよな、と○○くんが笑う。 ↓ 後ろを見ると、一つ目の人の頭ぐらいの怪物が、むしゃむしゃとレジ袋からこぼれ落ちた野菜たちを食らっていた。でこぼこの林檎の芯に震え、一目散に走りだす。 ※※※ 逃げて、逃げて、逃げていた。その理由もわからないまま、本能に従って。 電気が通ってないのか、そもそも環境が整っていないのか、一向に光が見えない暗闇を走り続けていた。 粘り気のある水音に聞き慣れていく自分の耳に、恨めしさを感じながら。 「はあ……はあ……」 事のはじまりも、今みたいな妖しい現象に飛びこんだからだった。 眠たげに起きて、学校に行って、買い物をして。そんな"どこにでもいる普通の女の子"として生きていたし、これから先もずっとそうい続けるつもりだった。 夕方――ここ、椿原では逢魔が時と呼ばれることも多い――、学校から帰宅する途中、踏切の音を聞きながらゲートが開くのを待っていたとき。 「えっ!?」 一人の男の子がゲートを飛び越えるのを見た。 (助けなきゃ!) このままでは男の子が電車に轢かれてしまう。 そう思った私もまた、ゲートを飛び越え、彼へ手を伸ばした。 (……そうしたら、これだ) 路地裏もびっくりの暗さを誇る、謎の場所へ出てしまった。男の子も見当たらない。 すぐにスマートフォンを見たけれど、地図アプリが使い物にならなくなっていた。しかも圏外表示である。ホラーかなにか? 『も……も……』 「!?」 訝しんでいると、舌っ足らずの声が背後から聞こえてきた。 ここで振り返る勇気なんてなかったし、時間も時間だったこともあって、変質者がいる可能性も考えた。 ――結果、冒頭に戻ることとなる。 「きゃっ」 なにかに躓いて盛大に転んでしまった。 鼻を押さえながら、膝を立てて目を見開く。血がべったりとついた達磨が私を見つめていた。 ひゅっと心臓が飛び跳ねる。背筋が急速に凍っていく。 血、なのだろうか、本当に。ケチャップというオチであってほしい。 『――も』 「きゃああ!!」 耳元から壊れたラジオのような声がした。 逃げたいのに逃げられない。完全に腰を抜かしてしまった。振り向こうにも振り向けないのは幸いといったところか。 振り向いたら"終わり"な気がする。このままなにもしないのも同様に―― 『(は ら へ り)』 "終わる"気がした。それは予感ではなかった。 じゃきんと擦れる金属音が聞こえてすぐに、私は意識を失った。 ↓ とぷん、とぷんと、水が流れる音がする―― (……ここ、どこ?) 頭にかかった霧が晴れていく。飛び起きてあたりを見渡した。 小花が揺蕩う川を泳ぐ渡し舟の中にいる。周りは時代を逆行したのかと見紛うような昔の建築物でたくさんだ。和という言葉が似合うような風景がそこかしこに広がっている。 「あっ」 今日は不思議なこと尽くしだと頭を抱えていると、頭上から声が聞こえてきた。 「目が覚めた?」 悲鳴と共に顔を上げると、踏切を飛び越えた男の子が笑って手を振っていた。 [前][目次][次][小説TOP][TOP] [しおりを挟む][感想フォーム][いいね!] |