死体の香り

「桜の樹の下には死体が埋まってるってよくいうよね」

 ほんとに埋まってたらびっくりだな、と緩やかに頬を上下させた七海音ちゃんを横目に、商店街を歩いていた。
 同意の声を適当にあげつつ、古き良き景色を眺めながら、桜の大樹を頭に思い浮かべる。

「誰が埋められたんだろうね」

 なんでもない会話を続けていたときだった。
 ――ざ、ざ、と葉の擦れるような音がして、目の前に桃色の花弁が現れた。それは急速に渦を形づくり、四散する。やさしい春の香りの真ん中に彼はいた。
 桜のにおいと暗い緑色の三つ編み――伊呂波さんだ。
 ――桜の樹の下には死体が埋まってるってよくいうよね。
 七海音ちゃんの言葉を思い出す。次に鼻をかすめたにせものの香りに、僅かに体が硬直する。
 確かに、伊呂波さんは怪異だから亡くなってるのは確かだけど――

「あ」

 つかつかと私の方へ寄り、ほんの少しだけ首を傾げた伊呂波さん。私の様子をうかがうようにも、なにかに疑問を感じているようにもみえる。

「え――っと、あ、の……」

 桜の香り。目の前のあなたの香り。いいにおい。けれどそれって、もしかして。

「いい天気、です、ね?」

 その先をいうのが怖くて、彼にもなんでもない言葉を投げかけた。


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