小春+七海音

 ――お手洗いに行った先でね、ひた、ひた……と異質な音が聞こえてくるの。
 怪談話のそれを、それはとても楽しそうにうたいながら、きらきらとした目を向けてきた七海音ちゃん。その青い目には、底知れない感動と熱情が秘められていた。隠せずに漏れ出ているから、なんというか、台無しだけれども。組まれた両手になやめる吐息を吐き出して続ける。
 なにかが這うような、ゆっくりと歩いているような、そんな音がね。

「妖怪なんでしょ? どんな妖怪なの?」
「妖怪、なんだけど……もう、小春ちゃんったら。急かさないでよぅ」
「七海音ちゃん、いつもそういった話しかしないから、本音いうと飽きてくるの」
「え〜、今話してる妖怪は、都市伝説の類に近いのよ。赤い紙と青い紙、とか、そんな話に近くって。そういう話はいつもしないでしょう? 楽しめると思うんだけど」
「そうなの?」

 都市伝説として語られるものは、大抵血祭りごとになるから、恐ろしいイメージしか抱いていない。意識すると、ぶわり、と背筋が凍る。
 正直、妖怪のそれより聞きたくない。だけど不快感より興味のほうが勝ったので、七海音ちゃんに小首を傾げた。

「うん、そう! カイナデっていうんだけど」
「かいなで」
「うん。這うような音の正体はカイナデなの。便器の中から、青白い、細い手が大量に伸びてきて、お尻をなでていくの。それにすっごい驚いた子がね、悲鳴をあげて逃げていったんだって」


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