ごりっ。
 確かな感触から飛躍する苦悶の声。蒸し暑い熱気がむわむわと、ボクのからだの片方に取り巻いてくる。
 地べたに這い蹲ろうとしている巨体の男を睨めつけ、返された憎悪の視線にふんと鼻を鳴らす。ボクのたいせつな姉さんに、姉さんほどではないけどたいせつな友達やおばあちゃんに、なんて酷く汚らしい目を向けているの?

「こんな果物ナイフなんかで、ボクたちを傷つけられるとでも思ったの。そもそもどうしてこんなことを? ボクらがしあわせそうにおやつを食べていたから――ああ、嫉妬でもしちゃったんだ。かわいそうだね。憐れみを向けるのも吐き気がするけど」

 もう一度足首を踏みつける。蛙が引き潰されたような声。じわじわと忍び寄る低音の呪詛。聞き苦しいから、その口も閉じてやろうか。お前に糸と針を使うだなんてもったいないけれど。

「かわいそうなやつ。なんにも関係ない他人を巻きこもうとする、常識もなにもわからないやつ。そんなやつに愛おしい日常が壊されるとか――まあ、そんなのボクが阻止するし、できなければ姉さんがするのだけど――」

 顔を近づける。ああ、ほんとう、嫌なやつ。諦めもしない、諦めないところだけは評価してやってもいいかなあ。
 口に弧を描く。笑顔の嘘をつくのは得意だった。嘘に安堵されたって、と毒づくのも得意だった。だけど、嘘をつくのは今回だけだよ。最低限の譲歩なんだから。

「我慢ならないから。運命だったと諦めることだね」

 二度と来るなよこの野郎。
 毒づくのだけは繰り返しサービスしてやってもいいかもしれない、と考えながら足を振り上げる。
 聞き覚えのある音がした。


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