雨に返れば万々歳

「なんだ、簡単なことじゃないか」

 ぽろぽろと頬をなでる雨雫を、甘く色づいた舌が平らげた。主張する塩辛さにどこかなにかが叫んだ気がした。そう、これは気のせい。すべてすべて、なかったこと。
 泥とキスをしながら眠る人間たちが、朝とは打って変わって陰鬱とした夏空が、こんなときにも鼓動を止まない自身の心臓が、これはお前のせいだ、と糾弾する。これは気のせいではない、と言い聞かせた。絵空事で終われば、ボクが許さない。
 沈黙する人間の一人、青緑色の髪を土に濡らした少女の、脱力しきった腕を操る。彼女の傍で足を折り、胸の前まで持ち上げ、なでた。祈祷のつもりだった。つもりでしかないとはわかっていながら、祈りを捧げないという選択肢を取ることはできなかった。
 ボクが殺したんだ。みんなみんな、親しかった人すべて、ボクが殺した。
 それでも、だからこそ、成せない贖罪を思って祈るしかなかった。
 そして生まれたのは、闇の中で燻ぶる光のような怒り。それはもう我楽多と成り果てた奴らに向けられたボクの我儘。

「最初から殺してればよかった。殺しさえすれば、こんな、不必要な感情を抱くこともなかったのに。はは、ははは、ボクはなんて愚か者なんだろう!」

 だけど姉さんを痛めつける奴らがいたんだ。
 だけどたった一人の家族を死滅させようとした奴らがいたんだ。
 人間は、変わってなんかいなかった。それならすべて、無意味だった。

「なかよくなんて、しなければよかったんだ」

 無意味に無意味を重ねても、そこにはあるのはただの無だ。姉さんを守ることだけ考えていればよかった。そうすれば姉さんを失うことも、友人だった者たちを傷つけることもなかった。
 無意味な罪を重ねることすらなかったのに。

「……油揚げ、今度はどこで食べられるかな」

 ああ、きっとこれからの未来全て無意味だ。予測も希望も必要ない。ボクが決めたことだから。未来はボクの意志次第で完成する。そうしてできたのがこの破壊。平和な未来を創るつもりがこの結果。
 それなら早く死んでしまいたいや。

(怪異は願いに忠実だ。死にたいと願えば必ずその通りになる)

 誰が残した言葉だっけ。本当にその通りになるんだね。感心するよ。
 体が溶けていく。ずくずくと溶けていく。溶けて、奴らと同じ土の中で眠るんだ。
 屈辱もなにも感じない。
 喜びもなにも知らない。

「ごめ、ん、なさい」

 おしまいおしまい。よかったね。


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