桜汰×小春

「そういえば、なんですけど」

 異界――怪異が作成する異次元――へ向かう足を止めるのが申し訳なくて恐る恐る絞り出された声に、白銀が振り向いた。まあるい金色がどうかしたのかと問いかけている。大したことではないのだと付け加えた私の声は、未だにぼそぼそと小さいまま。

「わ、私の死因ってなんですか……?」
「……はは、大したことあるだろ。迷惑じゃないから気軽に質問ドーゾ」
「あ」

 怪異にとって、生死なんてどうでもいいことだと思っていた。だって彼らはもう死している身で、生に焦がれる私たちとは違うのだもの。でも、なら、私にとっては大したことで、……ああ、そうか。なんだか一層申し訳なく感じる。
 にへらと形作られた柔い微笑みに、知らないままじゃなんだかなと思ったんです、と告げる。もやもやするよね、と返答が来て、他愛なくも不思議な会話が続いていく。
 その中で、

「鋏」

 その会話にはそぐわない単語がぽろりと、桜汰さんの口から漏れた。

「はさみ?」
「そ、鋏。こーんなおっきな鋏でさ、ぐさぐさぐっちゃーって殺られたの、あんた」
「――え、あ、死因ですか!? 待って、私鋏に殺され……誰に? 恨めしく思う人がいた……!?」

 心当たりがなさすぎる。人生経験だって豊富じゃないのに。

「あー、違う違う。ヒトじゃない。あんたは怪異に殺されたんだ。……いや、神様かな」
「かみさま?」
「ま、見ればわかるさ。――ほら」

 桜汰さんが、動揺が治まらない私の頬をつついて、神社を模した飾りが置いてある場所を指す。ここが異界の入り口だと説明されたけれど、納得しきれてない私は喃語を発すまま。
 だけど、中に踏み入ったら即納得した。瞬時に変わった光景は異様そのもの。見慣れない和の飾りが出迎えてくれた。そして――桜汰さんの顔よりも大きい鋏と、その背後に佇む謎の生物もご丁寧に。

「付喪神って知ってる?」

 角に似た耳を持つ生物たちへ背を向けて、桜汰さんは変わらない道化師のような笑顔を見せた。

※※※

「死後の世界は四つある。ここ、幽世と、この先にある三つの世界がね」

 一本ずつゆっくりと折られていく桜汰さんの指。そっと薬指まで畳んで、に、と幼げな笑みを浮かべられた。
 さて、どんな世界が待っているでしょう。
 不意に投げられた質問。軽くパニックになって百面相──になっているであろう──を見せつけ見つめて、問うた本人がぷくくと笑声を堪える。ひどい。

「正解は、天国と地獄と極楽!」

 ぱぱぱ、と開かれていく指たちに首を傾げ、別宗教の概念があるのはどうして、と聞く。天国と極楽のことだ。

「だってここ、現世の人たちの想像でできてるようなものだもの。いろんな人を迎えなきゃいけないし、ちゃんと応変させないと」
「え、ええ……? そういうものなの?」
「そ。幽世だって、東洋と西洋の地区でわけられてる。あっちの方にはゾンビとかいるんだぜ」

 怖いだろ、と凄まれる。彼は怖くないけど、想像してみたらすごく怖い。主に見た目が、きっと。

「極楽は厳しいって聞くよ」
「……地獄は?」
「死後の世界の刑務所みたいなもんだし、ま、厳しいよネ」


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