蜿矩#

 "この子でいいか"って、最初はそれだけ。
 ナマエさんと出会ったのは運命とかいう必然じゃなくて偶然だし、この子に"私"をあげようと思ったのも単なる気まぐれ。
 それは今も変わらない。この子は有象無象の中の一人。だけど、人間について教えてもらうのが終わったらどうするべきか考えて、このままお友達でいるのもいいかも、なんて考えが頭をよぎったりする。
 ……ふふ、"人間"って面白い!

 ヒギョウはナマエのことだいすきなのよ!
 おやつくれるし、いっぱいなでてくれるし、たくさんほめてくれるのよ。この間も海にあそびにいったのね。ナマエ、とーってもかわいかったのよ!
 スキっていってもらえてうれしーのよ。プレゼントあげたかったけど、ニンゲン用のお金知らなかったのね。コドモだからシゴトできないし、ちいこいのはフベンなのよ。でも、がんばってお金をもらって、赤いカガミをナマエにあげるのよ。
 ナマエ、喜んでくれるかなあ。ナマエとずーっとあそびたいのよ!

 人間は、"いただきます"にどれほどの意味をこめているんだろう。
 おれ? な〜んにも思ってないよ。食べものは食べもの。まずくてもおいしくても大切なものでも、それは食べもの。食べるときにいちいち悲しむの、よくわからない。そのアイスはこどもにあげられるはずだったミルクだし、あの肉はいのちを絶たれた羊じゃない。
 人間がそれを食べるのと、おれが人間に"ちょうだい"するのは同じ。……そう思っているし、ナマエだってただの食糧のつもり、だったんだけど。
 なんだろね〜、"ごちそうさま"したくないかも。ヘンなの。

 変なヤツだと思った。
 普通、死ねなんていわれたら少なからず悪印象を抱くはずなのに、あいつは名前を教えてほしいとか仲良くしたいとか宣った。
 馬鹿じゃないのって思いながら電話越しに騒いでいたら、いつのまにか僕のテリトリーに現れて、あろうことか抱きついてきた。会いにきたわけではなく、偶然なのは知っている。だけどとても……ムカついた。なんでこう、軽々と飛び越えていくんだよ。
 僕に会いにこようと無駄遣いをするのが見えたから、お前のほうにきてやるといってやった。僕のためにお前が不幸になるのは違うから。
 お前が不幸になるのは、僕が呪い殺すときだけでいいんだ。

 "人間"に対して、憎悪を向けるほどではありませんでしたが、薄っすらと苦手意識を持っていました。
 ひっそりと山の中で暮らしていたんです。ですが、ある日怪異の方たちに捕まってしまいました。僕の目は負の感情を引きだすものですから、彼らにとって都合がいいと。
 様々な仕事を任されました。それがどんなに凄惨なものでも、僕には拒否権がありませんでした。どうしても耐え切れず逃げようとして、小屋に入れられて、それで――
 命からがら逃げ出して、現世で暮らすようになって……荒波も立たず。そのときにナマエさんと出会いました。ずっとひとりだったのに、いきなり友人ができたのです。きっかけは些細なことでしたが……嬉しかった。
 貴方の笑顔で思い出が埋まっていくのが楽しい。……これからも、よろしくお願いいたしますね。

 "弱者"は守らなければならない。人としての価値観を忘れた怪異どもから、同じ怪異として。
 だからナマエを連れ去った。ナマエに危険な思想を持った怪異がいたからだ。無害そうな怪異もいたが、そういった輩が力を隠し持っている場合もある。とはいえ、かなり乱暴な手段をとってしまい、ナマエに咎められてしまった。
 方法を改めたあと、ナマエとの交流は続いている。……続かせなければならない。ナマエに近づく怪異を討伐するために。
 最初は"弱者"だから守ろうと思った。見かけた"気まぐれ"、それ以外の理由などありはしなかった。
 今は違う。"友人"としてナマエといられれば。これほど嬉しいものはない。


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