彼/彼女がそういう薬を飲んだ ■アケミちゃん 「甘すぎるねー、これ。買い物失敗しちゃったかも」 そういって、空になった瓶を洗いはじめた彼女。飲食も睡眠も不必要だと話す彼女だ、"そういう薬"が効かないのだろう。買い物したときに大丈夫かと心配したけれど、効果がなくてよかった……。 洗い終わった瓶に貼られたラベルを確認し、「……ふーん?」と含み笑いを浮かべ、貴方に瓶を見せびらかす。成分表を確認した貴方。……やっぱり"そういう"成分が入っている。 「これ、ナマエさんが飲んだらどうなってたのかな?」 ■ヒギョウさま 「ナマエ、どうしよう。ヒギョウ、ヘンになっちゃった。たくさんあそんでないのにドキドキするのよ」 「ビョウキなのよ、お薬は苦いからやーなのよ!」と泣きはじめた彼。うがいをさせて、じっとしていたらドキドキしなくなると伝えると、「ほんと? ヒギョウ、ビョウインもキライ。ビョウインもお薬もだいじょうぶ?」と潤んだ上目遣いが貴方を捉えた。それも束の間、膨れっ面になって喃語を発するように。どうしたの? 「でも、ナマエにドキドキしなくなるの、すっごくイヤ……」 ■おおいさん 「迂闊」 そうぽつりと呟いて静止したおおいさん。時折ふるふると肩を震わせ、なにかを我慢するように口呼吸を繰り返している。彼の手から離れた瓶の中身はなく、残された微量の液体が点々と散らばっていた。心配に思った貴方が歩み寄ると、貴方のほうにわずかに向けられる彼の顔。頬を伝った玉汗が、重力に負けて薬と混ざりあった。 「あー……すっごく、おいしそう……」 ■旅館の求人 「はっ……? これ、そういう――くそっ……!」 他愛のない話をしていたとき、急に顔を手で押さえ、椅子を蹴るようにして貴方から遠ざかった彼。そのまま蹲って動かなくなった彼に近寄ると、「くるな!!」と一蹴された。自らの怒号に思うところがあったのか「……違う。嫌いじゃない。嫌いじゃない、けど」と話してくれるものの、顔は膝の中に隠したまま。そういえば、ジュースを飲んでいたような。全部飲んだからゴミ箱に……探してみようか? ゴミ箱を漁る貴方を遠目に、ぷるぷると震えるばかりの彼。その脳内は貴方との思い出でいっぱいの様子。 (駄目だ、駄目だ、駄目――ナマエ……っ) ■邪視 「――ッ」 さあっと顔を青くする。様子がおかしい彼の肩を確認するように叩くと、異常なまでに体を震わせた。徐々に貴方へ向く頭は上手く動かないロボットのよう。だらだらと脂汗を浮かべ、ちょっと待ってといわんばかりに手を伸ばし距離をとった彼。信じられないといった様子で下を見ながら、「こ、こんな……僕が、そんな、"不浄"な……」と目を泳がせている。 体調が悪いのか質問すると、力なく首を横に振った彼。長い沈黙のあと、「ナマエさんは僕のこと、好きでいてくれているのですよね……」と貴方に問う。 「ナマエさんが望むのなら、たとえ"不浄"だとしても、僕は……。僕、僕は……貴方を――貴方が、好き、で、」 ■怪人赤マント 「……なるほど。成分表を見るべきだったな」 突然顔を顰め、口元を手で隠した彼。心配した貴方に微笑み「大丈夫――とはいえないが、ナマエのせいじゃない。ありがとう」といったあと、断りを入れて距離を置いた。「どうやら変なものを掴まされたらしい。ここにいるとナマエが危ない、しばらく一人になりたいのだが」といわれ、素直に部屋を出ることにした貴方。 貴方を見送ったあと、ずるずると壁を背もたれにして座りこむ。「ふうう……」と溜息を一つ。耳まで赤くなった顔に気づくことはなく。 「弱くなったな、俺も……」 ■NNN臨時放送 「え? ――げっ!」 深夜、眠れない貴方と談笑していたところ、急に顔を強ばらせた彼。自分の体に恐る恐る注目したあと、近くに置いてあった瓶を手にとった。彼が買ってきたらしい栄養ドリンクのはずだけど……。成分表を見てすぐに目を丸くし、ティッシュ箱を乱暴に掴みドアノブに手をかける。「少しお手洗いに」と爽やかな笑顔を向ける彼の様子がおかしいと指摘すると、「えー……あー……」と困ったように目を泳がせる。 「いわせるんですか? ……変態」 ■リゾートバイト 「……? なんか、暑……」 そういって胸あたりの服を掴み、たくし上げる。ぱたぱたと手を団扇代わりにする彼の目は困惑一色に染まっていた。ちゃんと冷房も使って適切な温度にしてあるはずだけどと貴方がいえば、「そう、だよな。風邪引いたのかな……」と不思議そうにする。 熱のある視線はやがて、ある一点に留まった。彼が飲み干し、空になった瓶――それを隅々まで確認し、ぼっと顔を赤くする。急変した彼が心配になり声をかけると、「やっ、その、だいじょうぶ……」と小声で返事が。絶対大丈夫じゃなさそうだけど……。 「だっ――ナマエ、こないで。あの、ほんとに、や、いや……っ」 ■光の誓い 「はあ〜……最っ悪……」 ――すん、と目から生気がなくなっていく。つかつかと瓶を捨てたゴミ箱に向かい、乱暴に拾いあげ、簡単に成分表を一瞥した彼。もう一度溜息を吐き、丁寧に瓶をゴミ箱に戻す。その様子は、今までの"先生"を思わせる態度とはまるで違った。 なにがあったのか聞きたくて近寄ると、「ナマエちゃん、こっちにきたらいけませんよ」と言い渡される。言動こそ同じでも、その声音はいつもの朗らかさとは反対に無感情だった。もしかしてこっちが素なのかと思った瞬間、ぱっと彼の表情が変わる。見慣れた"先生"の顔、だけど。 「先生、ちょっと忙しくなっちゃいました。ナマエちゃん、向こうでみんなと一緒に遊んでてくれますか? ……ね?」 [前][目次][次][小説TOP][TOP] [しおりを挟む][感想フォーム][いいね!] |