03

 審神者と刀剣男士の本拠地となる本丸は、備前、相模、大和国といった幾かの地区に分かれているが、本当に地名通りの場所に存在るわけではない。

「本丸は僕たち刀剣男士より、はるかに位の高い神によって提供された異空間なんだ。」

 いってしまえばある種の神域のようなものだと、本日の講師役である刀剣男士が説明する。青緑の髪が片目を隠す姿に、隣の女子高生が“某海賊紳士が喜びそうだな”とつぶやく。確か彼女は令和からやってきたと話していたか。

「だから本丸の畑では、通常ではありえない速度で作物が育つし、景趣によって季節の固定化もできる。」

 本丸ごとに所属する刀剣男士の数は多く、その食費はかなりのものだ。本丸の畑である程度自給自足しなければ、家計はあっという間に火の車となるだろう。

「そんな特殊空間だから、当然そこで生活する審神者にも影響が出てくる。そうだね、青原君はどんな影響が出ると思うかい?」
「へ!?よ、ヨモツヘグイとか……?」

 まさか学校の授業よろしく、指名があると思わなかった夏希は、ぽんっと頭に思い浮かんだ言葉をあげる。神域とか異空間ときくと、ホラー展開あるあるが思い浮かぶ。

「はは、さすがにそこまで物騒ではないさ。引退した審神者は日常に帰っているから安心しなよ。」

 そんな彼女の答えに、にっかり青江は苦笑する。本丸に育てられた作物には神気が含まれているとはいえ、その量は深刻なものでない。そもそも現世で育てられた作物も、土地神や豊穣神の加護をうけているのだから、今更だ。

「問題は本丸の時の流れが捻じれていることで、そこで過ごす人間は年をとりにくくなるんだ。」

 個人差はあれど、本丸で過ごせば過ごすほど、実年齢と肉体年齢は乖離する。この問題もあって審神者の任期には限りがある。(それ以外の理由で引退せざるをえない審神者も、もちろんいるのだが)

「ただでさえ、元の時代から切り離されてここにいる君たちは、その傾向が顕著に出るだろう。裏を返せば元の時代に帰るとき、時間経過を気にする必要はないってことなのだけど。」

 本丸で数年過ごしても、本人の見た目年齢はほとんど変化がないのだ。少しの間行方不明になっていたところに、ひょいっと帰ってきたことにすれば良い。

「いい加減だなぁ……。」

 夏希の隣の女子高生はそうぼやく。21世紀の人間の理解を越えた話だが、それだけで済む話なのだろうか。

***

 その日の講義が終わり、研修生向けの寮のロビー。夕食にはまだ早い時間、夏希と女子高生は何をするわけでもなく、ぐだぐだと喋っていた。平成と令和で出身時代が近く、年も近いということもあって、同期の中でもお互い話しやすい相手だ。

「夏希さんは、今後どうするんです?」
「今後って、本丸のこと?」
「そうですそうです。今日の青江教官の話を聞くと、いろんなことを考えちゃうっていうか。」

 女子高生こと、雲田絵美の表情は浮かないものだ。
 現在、彼女たちには二つの選択肢が与えられている。一つはこのまま審神者となり、自分の本丸を持つこと。二つ目は元の時代に戻り、現地協力者になること。後者を選んだ場合、護衛役として黒い管狐を一匹渡され、必要に応じ、政府刀が派遣されるという。

「でも安全なのは本丸っぽいんですよねぇ。」
「21世紀で刀剣男士を連れ歩くのは、いろんな意味で難しいって。」

 23世紀ならともかく、過去の時代である21世紀で、刀剣男士の存在は大っぴらにできない。すでに一人暮らししている者ならともかく、同居人にうまく説明する術が、夏希には思いつかなかった。一応刀剣男士も刀だけの姿で待機できるそうだが、平成・令和には銃刀法の問題がある。その点管狐であれば、ぬいぐるみのフリをしてもらったり、管状の器のなかに身を隠してもらったりすれば済むのだが。いかんせん戦闘能力はやはり劣るらしい。不意打ちで敵に囲まれた場合、管狐だけでは厳しいものがあるという。

「だからと言って刀剣男士を指示して、遡行軍と戦えって言われても、平和ボケした人間に無茶いうなって感じですし。」
「一応そのための戦術研修は定期的に行うらしいけど、勉強して出来るかは別問題だからなぁ。」

 本丸は一種の要塞だ。そこで多くの刀剣男士と生活すれば、歴史修正主義者に狙われ難くなるし、襲われても対処しやすい。しかし本丸の維持管理費だってタダじゃないのだ。戦力をただ一人の人間のために費やすなんて、勿体ないにも程がある。政府からは一軍の長となって歴史遡行軍と戦うことを命ずられるという。

「まあ、事前研修はもう少しあるらしいし、決めるのはそれからでもいいっしょ。」
「夏希さんってば、のんきすぎません?」
「突然襲われて、未来にやってきて、某魔法少女詐欺みたいなこと言われてるんだ。のんきでもなきゃ正気でいられるか。」

 その研修も今週いっぱいだ。決断の時は近い。

彼世と現世の狭間にて
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