01

 時は23世紀。科学技術が発展尽くし、そろそろ頭打ちかと思われていた。しかし前時代のものと考えられていた魔術の再発見により、世界は再び大きく発展し始める。科学と魔術の融合は、霊的存在の実体化やタイムトラベルの実現化すら叶えて見せた。
 しかし技術の発展は同時に、新たな問題を招き入れる。書物は墨のようななにかに概念すら塗りつぶされ、海は亡者の怪物が暴れだし、過去改変による記憶や存在の揺らぎと矛盾。カオスにもほどがある。
 その問題の一つ、歴史改変に対抗するのが時の政府だ。

***

 時を越え、2015年1月末の日本の某所。

「だーかーらー、高木先生!高3のとき、あんなに世話になったでしょ?夏希も大学合格できたの、担任のおかげじゃん。」
「いや、だから高木って誰だよ。山田先生にはお世話になったけどさー。」
「あのクソ教師が?ナイナイ。」

 2人の女子大生が、やいやいと帰宅中に話していた。夏希と呼ばれたほうは、友人の話に首をかしげてばかりである。

「もー、夏希ってば寝ぼけてんの?今日はさっさと寝なよー。」
「あー、うん。ソウダネ。」
「じゃ、私はこっちだから。またね!」

 いろいろとおかしいのはそっちだろ。そう言いたいのをこらえながら、夏希は高校時代の友人と道を分かれた。
 そろそろ2月になろうかというこの時期、多くの大学生は進級に直結する試験が行われる。といっても彼女が在籍する学科の場合、必要科目数が多いばかり。日ごろ真面目にやっていれば、一つ一つはさほど難しくない。受験戦争に比べれば余裕なものだ。あとは結果を待つばかりなのだが、今朝から妙な違和感に襲われていた。
 例えばお気に入りの大福屋がケーキ屋になっていたり、公園のゾウの滑り台が恐竜デザインになっていたり。知らない高木という教師が担任だったことになっていると思いきや、本来の担任である山田は体罰で捕まったことになっている。夏希の記憶だと、山田はお茶目で日本史の雑学トークが面白かった人なのだが。
 そもそもあの友人だって、もっとレベルの高い大学に通うため、地元から離れ一人暮らしをしていたはずだ。
 まるで妙にリアルな夢を見ているような心地である。日常の延長線のようで、意識すればどこかチグハグ。狐につままれるとは、こういうことを言うのだろうか。この平成に化け狐なんてファンタジーに過ぎるが。

「パニックホラーとか、求めてないんだよなぁ。」

 だからまぁ、家に帰った夏希を、化け物じみた落ち武者が玄関で出迎えたって、彼女から出るのは悲鳴よりぼやきである。

「うぉっ!?あっぶね!」

 とはいえ彼女も平和な平成日本の一般人。現実だろうが夢だろうが、痛いのは普通に嫌だし、殺される覚悟などあるはずもない。振り下ろされた刃を防ぐため、慌てて扉を閉める。常なら考えれられぬ判断力と素早さは火事場の馬鹿力というやつか。ドアは真っ二つとまでならなくとも、斬りつけられた跡がぼっこりと浮かび上がる。

『日本刀の切れ味は手入れをしなければ一度きりなんだ。血がついた瞬間、刀の切れ味は大きく落ちる。』

 なんて山田の雑学を夏希はふと思い出す。その理屈でいえば、あの化け物はすでに人を斬ったあとで……。

「いやいや、まだそうと決まったわけじゃないし。金属製の玄関を刀で斬るとか、はなから無理っしょ。」

 それよりまずは自分の身の安全だと、彼女は走り出す。逃げるとしてもこの時間帯、住宅街にあまり人影はない。帰宅ラッシュにはまだ1,2時間ほどあり、助けを求めにくい。警察に通報するにしたって、まずは身を隠せる場所を確保してからだ。体力的にも早く隠れたいところだが、下手に隠れて見つかって袋小路になるのも避けたい。
 追いかけてくる足音の数に振り返れば、化け物は1人どころか、魚の骨のようなものに、蜘蛛足男まで新メンバーに加わっていた。増殖型ホラーアトラクションかよ。ここはハロウィンの大阪テーマパークではないのだが。
 そんな時だった。

「そーら、目つぶしだ!」

 よく響き通る青年の声が聞こえたと思いきや、落ち武者の顔面にこぶしほどの石がクリーンヒット!夏希は肩をつかまれ、見知らぬ和服姿の背中に隠される。艶やかな長い黒髪は女性に見えたが、その背格好と声から男性だと分かる。

「かっこよくてつよーいオレが来たからには、もう大丈夫だぜ!」
「きゃー!いっけめーん!」
「お、ノリが良い嬢ちゃんだな!」

 夏希としてはもう何がなんやら。それでも青年が自分を助けてくれたのは確かなので、適当に合いの手を入れる。この際、青年が蜘蛛足男を物理的に一刀両断しようと、銃刀法違反などとツッコミはすまい。夏希のモットーは常識より自分の命である。尚このモットーは今決めた。
 しかし骨の魚は小さい図体に見合った身軽さを持つのか、落ち武者と鍔迫り合う青年の横をすり抜け、夏希に牙をむく。

「(これはヤバ……)」
「闇討ち、暗殺、お手の物!」

 とっさに腕で守りの姿勢をとるより早く、新たに表れた少年によって、骨の魚は砕かれた。

「よくやった、国広!」
「兼さんもね!」

 それと同時に落ち武者も首を切り落とされ、周囲から殺気が消え去る。どうやらこれで身の危険は消え去ったようだ。血の一滴もついていない刀を、青年と少年は鞘に納める。

「これでひとまずは任務完了だな。あとは主と政府の指示を待つだけか。」
「うん、そうだね。……それまでに、彼女には僕たちのことを話してもいいかもしれない。」

 夕暮れに照らされる二人の視線が夏希に向けられる。
 これが青原夏希の、初めての刀剣男士との遭遇である。

パラドックス・タイムライン
next


.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -