外伝/Kalim route

※卒業後の話。監督生の一喝からのダイジェスト展開グッドエンド。

 ナイトレイブンカレッジを卒業した後、メルフィはアジーム家に身を寄せていた。それも聞いて驚け、第一夫人としてだぞ。例の深淵騒動のあと2人の仲が進展したことはすぐに周囲に知れ渡ったが、まさかお互いに複雑な事情な彼らがハッピーエンドを迎える日がこようとは。
 当然最初はカリムの連れた想い人に両親はあまり良い顔をしなかった。親心としてはやはり結婚するからには愛する者と結ばれてほしいが、それだけでは熱砂の商家は立ち行かない。後ろ盾のない彼女が嫁ぐにはアジーム家の業はあまりに深く、青少年の淡い恋は現実に打ちのめされることだろう。たとえ彼女の錬金術に有用性があるとしても、せいぜい第二夫人にとどめるのが二人の為でもある。
 それが理解出来ぬほどメルフィも純真ではなかったし、カリム自身その苦しみをよく知っていた。だからその現実を2人は受け入れた。

「いいこぶって、それが本当に2人の幸せなんですか。」

 しかしそれを待ったをかけたのは、ことのあらましを聞いた監督生だった。焦げ茶の瞳を吊り上げ、ユウはまるで自分のことのように怒りを露にする。
 ユウにとってメルフィは姉のような存在だ。右も左も分からない世界で心折れずにここまでこれたのは、いつだって手をとって助けてくれる彼女がいたからだ。本当は彼女だって不安なくせに強がって、勝手に追い詰められて、深淵に付け込まれた彼女が大好きで大嫌いだった。そして今回も同じことを繰り返そうとしていることに腹が立って仕方がない。

「なんで私の親友が二番目の女にならないといけないんですか。」

 だいたいなんだ、カリムもカリムである。あんなに嫌がれても長年の従者に友達になるとか対等な関係を築くとかいってて、恋人のこととなると何でそんな腑抜けたことを言うのだ。いつものカリムなら無自覚の傲慢さで周囲の反対でも押しきって第一夫人にしようとするだろう。それなのに提示された条件に甘んじようとするのはカリムにとってメルフィはその程度の存在だと言っているようなものである。

「メルフィはさ、お家の都合でしか考えられない人達に自分の人生を預けていいの?」

 そもそもメルフィが元の世界に帰ろうとしていたのは、誰かの食い物にされたくなかったからだ。その願いは元の世界に帰ることを止めた今でも変わらないはずである。それなのに籠の鳥にされる人生を選ぶなどおかしな話ではないか。
 忖度しない彼女の言葉がカリムにぐさりと突き刺さり、ハリボテだらけのメルフィの心を揺らす。

「……本当は私を一番に愛してほしいし、私だけを愛して欲しい。」

 そうしてこぼれ出たメルフィの弱弱しい本音にカリムはばっと顔をあげた。
 元の世界に帰ることを諦めてから滅多にその手の話をしなくなったメルフィだが、彼女の故郷は一夫一妻制であった。種族によってはその限りではないが、少なくとも彼女の両親はただ1人を愛している。この世界に来るまでは自分もいつかは愛する人と2人で幸せな家庭を築くものだと思っていたし、そうなることも夢描いていた。

「カリム先輩の唯一になりたい。」

 それは1人の少女の願いだった。意地っ張りで甘えるのことが苦手な、自分が愛する女に求められることのなんと甘美なことか。

「約束する。俺はお前だけを愛するし、お前以外を娶ったりなんかしない。」

 それに応えなければ男が廃るってもんだろう。




 メルフィという人間は一度庇護対象としてみなしたものには献身的な性格であった。そうでなければ同じ境遇に仲間意識を持ったとはいえ、何かとトラブルに巻き込まれている監督生をずっと気にかけてなどいない。そしてそれは年上相手でも変わらず、元の世界では気弱な幼馴染をいつも励ましていた。どこか危なっかしいカリムは言うまでもない。それが彼女の一側面。
 そしてもう一つの側面としてあげられるのが、監督生とはまた異なる気の強さだ。表立って自己主張することは少なくとも、一度決めたことはいつまでも喰らい付く諦めの悪さがあった。本来の意図するところではなかったとはいえ、次元の壁を突き破り宙の領域と接触するなど禁忌魔法の領域だ。それを限られた環境の独学でなしとげたというのだから、その執念たるや凡人の域を超えている。
 つまり何がいいたいかと言うと、自分の恋に腹を決めれば誰よりも強いってことだ。恋のハッピーエンドは自分の幸せのためであり、相手の幸せのためでもあるのだから!
 既に面会している以上、異世界からきたメルフィの出自は誤魔化しようがない。今更箔をつけようとどこかの養子になったって、それでは納得しないだろう。そもそも政略結婚とは人質であり、埋伏の毒でもある。養子を嫁に迎えても人質としての価値は低く、むしろ他家の息がかかっている分害となる確率が高い。家督争いは身内の財の奪い合いだけでなく、他家の策略も絡んでいることも少なくないのだ。それならいっそ彼女は彼女のままである方がアジーム家だけにその身を捧げられる証明となり、良家の娘にはない強みとなりうる。
 では彼女に足りないものはなんなのか。名家夫人としての教養と品格に他ならない。なんせ異世界の庶民生まれ庶民育ちの彼女だ。そんなものとは無縁の人生だったのだから、そこまで求めるのはお門違いってやつだろう。
 だけどないならこれから身につければいいだけの話である。マイフェアレディだって半年で下町娘から王族と見間違えるぐらいのご令嬢になってみせたのだから。
 周囲を巻き込んだ彼女の成長は目覚ましいものだった。礼儀作法にダンス、鑑識眼にその他もろもろ。もちろん協力者は今の内に貸しでも作っておくかという打算あっての行動だったが、それはナイトレイブンカレッジだからご愛敬。むしろそれすらも策謀渦巻く社会で生きていくための良い経験となったし、偽善もまた善の内である。世の中はギブアンドテイクでそこに善悪などなく、助け合いであることに変わりない。
 また行動をおこしたのは彼女だけではない。カリムもカリムで彼女を第一夫人に迎える根回しに、婚姻関係に依存せずともアジーム家を繋いでみせると証明するため奔走した。
 ジャミルとしては胃痛案件でもあったが、自分の主君が朗らかな顔して人の話を聞かない頑固者であることは十二分に理解している。ならばとんでもない暴走する前に手を貸す方が利口ってもんだ。今までさんざん自分達を踏みにじった大人たちへの意趣返しにも丁度良い。
 時世も2人の追い風となった。身分制度やお家制度、一夫多妻制度などが残る熱砂の国だが、国際化に伴い異国の価値観の流入や感化及び外圧などにより、女性の地位は見直されている。伝統を重んじる名門一族はともかく、近年になって富を築いた成り上がりはその傾向が顕著だ。それにアジーム家の取引相手は熱砂の国だけではない。今までの伝統を背いてでもただ1人の女性を愛するというのは、誠実さを印象付けるという点でも有用だった。
 そうして様々な思惑や打算が絡み合い、二人はめでたく結ばれたというわけである。勿論その過程は一筋縄にはいかなかったし、今後も絶対の安全などありはしないだろう。彼らの幸福は無数の剣の下で成り立っている。それはかつてのメルフィが望んだものではないけれど、カリムの手をとったときから分かっていたことだ。

「これでよかったのか。」
「何のことだ?」
「本当はあのまま閉じ込めてしまいたかったんだろう。」

 アジーム家の談話室、友人として訪れたユウやグリム達と話すメルフィを横目にジャミルが問いかける。カリムは瞼を数回ぱちぱちとさせたあと、やっぱりジャミルにはばれていたかとへにゃりと笑う。
 最初、彼女の為をおもって両親の提案を受け入れようとしたのは本心だ。だがそれ以上に彼女の世界が自分だけになるだろうことが、カリムのほの暗い独占欲をくすぐった。だって、そうなれば、彼女が自分を裏切ることはなくなるだろう。

「でも監督生に怒られちまったからな。」

 魔法も特別な力も、とびぬけた知性もない彼女がどこまで見抜いていたかは分からない。でもジャミルのとき同様、遠慮ない言葉のおかげでカリムはメルフィの本心を知ることができたのだ。

「ユウがいなかったら今頃メルフィは心から笑ってくれていなかったと思うんだ。」

 だから彼女には感謝している。カリムはそう笑って、自分も混ぜてくれと談笑している彼女達のもとにかけよった。お腹の子に気遣って流石に飛び付きはしないけど。

「どちらにせよ、彼女はもうアジーム家から逃げられなくなったがな。」

 そんな彼らの後ろ姿にジャミルは誰に聞かせるわけでもなく言葉をこぼす。
 窓のない鳥籠に閉じ籠られることはなくなったが、メルフィはカリムの唯一になってしまった。彼が唯一信頼する従者を決して手放さなかったように、今後何があっても唯一愛した女性を手放しはしないだろう。世界中に二人の関係性を印象付けた以上、今後そのイメージを崩すことはアジーム家としても大きな損失となる。個人的事情としても社会的事情としても、メルフィという人間を逃がすわけにはいかなくなったわけだ。

「(まあ、俺と違って本人が望んだことだ。)」

 後悔しようとしまいと彼女はその事実を受けいれるしかないと、ジャミルは何処か愉快そうに笑っていた。その真意はきっと彼にしか分からない。

箱庭を切り開け


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