外伝/Kalim route
※卒業後の可能性の一つでメリーバッドエンド。
あれから数年、カリム達より一年遅れて学園を卒業したメルフィはアジーム家の第二夫人として迎えいられるにいたった。お互いの意思や事情を鑑みてそのあたりが妥当だろうとなったのだ。 それでも最初は決死の覚悟で臨んだメルフィだが、彼女の熱砂の国での生活は存外平穏なものだった。というのも正式な妻の1人でありながら、彼女の子供にアジーム家当主の継承権はないからだ。異界の錬金術士の血を一族として取り入れながらも、本流とは区別するためだろう。言ってしまえば約束された分家だ。 そのおかげで第一夫人に疎まれることもなく、むしろ良好な関係を築けている。家柄で結婚した彼女は自分の子が家督を継ぐならそれで構わないらしい。はっきりとは言わないが彼女は彼女で色々あるようだ。大人の事情はいつだって複雑である。 そんなわけで特別命を狙われることもなく、メルフィは屋敷にアトリエを構え悠々自適に過ごしていた。大規模な商家というだけあって素材の入手に困ることもなく、錬金術で作成した商品は巷でも評判らしい。 カリムも頻繁に会いに来てくれるため寂しさを感じることもない。仕事で家を不在にするときは必ず手紙を送ってくれたし、手紙に綴られた様々な出来事は彼女にとっても興味深かった。
「なあ、もうすぐメルフィの誕生日だろ。何か欲しいものはあるか?お前のためならなんだって用意してやるぞ。」
カリムにそう言われてメルフィはもうそんな時期なのかと目を丸くする。アジーム家に来てからどうも月日の流れに鈍くなっている。 しかし改めて何が欲しいかと問われてもメルフィにぱっと思いつくものはあまりない。学生時代からカリムがなにかと貢いでくるからだ。研究資材も今のところ足りているし、そもそもそんなもの誕生日に貰うには色気がない。
「たまには友人に会いに行きたいです。」
そう思考をめぐらせてふとメルフィの口からこぼれでた願いに、ニコニコと笑っていたカリムの表情が一変した。
「わかってますよ、言ってみただけですから。」 「……ごめんな。」 「謝ることはありません。そういう約束で私はここにいます。」
メルフィの住まう離れ屋敷に入れるのはアジーム関係者でも一部のみであり、メルフィもここから出ることを禁じられていた。決して狭くない屋敷の生活は窮屈ではないが、外界と遮断されていることは否めない。そのおかげで身の安全が保たれているのも事実だが。
「その分、俺がメルフィを愛すから。」
褐色の手の平がメルフィの白い頬のうえを滑り、呼吸を分け合うように唇を重ねた。
「正直第二夫人には少し同情しているのよ。いくら熱砂の国とは言え、今時あそこまで嫁を囲ったりないわ。」
ノンシュガーの紅茶を片手に第一夫人はそうこぼした。昔ならいざしらず、現代では女性の人権もかなり見直されている。だというのに名家であるがゆえに良くも悪くも伝統が色濃く残るアジームは家督争いといい、とにかくきな臭いたらありゃしない。それを知ってて第一夫人の席に座った彼女も彼女だが。
「本当は私ではなく彼女が第一夫人になることもできたはず。でも彼はそうしなかった。」
なんせ盗賊の息子が姫と結ばれ王となった歴史をこの国は持つのだ。血筋だのなんだのそんなものは建前にすぎず、やりようはいくらでもある。 確かに第一夫人となれば今と比にならないぐらい命を狙われることだろう。子供に継承権がなくともカリムの寵愛を受けているということだけで彼女を疎む人間は少なくない。
「国際社会になった今、第一夫人は当主のパートナーとして公にでることも少なくないものね。だけど第二夫人にその義務はない。」
彼女を守るためなんて綺麗ごと、大まじめに言っているのがあの男の恐ろしいところだ。無自覚であるが熟慮の精神を重んじるスカラビアの寮長をしただけはある。
「本当に憐れとしか言いようがないわ。」
彼女を危険に晒したくないのなら手放すのが一番なのに、自覚のない傲慢さは偽善を本心にしてみせる。
「アジームに本気で愛されたばかりにあの鳥は閉じ込められ、誰にも助けを求めることも出来なくなったのだから!」
長年連れ添うお気に入りの従者に、第一夫人は同じ穴の貉を語るのだった。
鳥籠の展開図 ← . |