本編/トレイ

 勉学でも同じことが言えるが、錬金術は集中力を要する。長いこと作業をしていると頭が痺れるような疲労感を覚えるのだ。そんなときに欲しくなるのはやっぱり甘いもの。

「トレイ先輩、本当にいいんですか?」
「駄目なら最初から渡さないさ。ユウと一緒に食べてくれ。」
「ええ、勿論です。あとで感想伝えますね。」

 試作品だと渡されたケーキの箱をメルフィは年相応の笑顔で受け取る。諸事情で贅沢が出来ない彼女たちにとって、タダでケーキが食べられる機会は逃したくない。
 トレイとしてもこの学園では希少な女性の意見を聞けるのは都合がよかった。実家のケーキ屋は女性客が中心だ。

「次の何でもない日も頼むぞ。」
「はいはい、分かってますよ。」

 それに彼もこの学園の生徒である。試作のケーキを餌に、彼女達をパーティーの準備に巻き込む気満々だ。メルフィも分かったうえでお菓子を受け取っている。

「お手伝いだけでパーティーに参加できるならお安いものですよ。トレイ先輩のケーキは私の師匠も気に入りそうなぐらい美味しいですし。」
「師匠……、錬金術のか?」

 トレイの疑問にメルフィはその通りだと頷く。

「師匠は甘いもの、特にショートケーキが大好きで、よくケーキ屋に行っていたんです。」

 仕事が込み入ってるときはお前が代わりに買ってこいと、おつかいに行かされたものである。弟子はパシリではないのだが。

「そのついでにと私の分もよく買ってもらっていたんですけどね。」
「そうなのか。ちなみにメルフィはどんなケーキが好きなんだ?」
「私ですか?うーん、特にこれといったものはありませんけど、しいて言うならレモンケーキですかね。甘すぎず、さっぱりとした風味が好きなんです。」

 程よい酸味が丁度いいと語る彼女の故郷は海に面しているおかげで、1年を通して極端な気温変化がなく、夏はカラっとした暑さ、冬になっても雪が少ない気候だ。監督生の世界でいえば地中海に近いだろう。隣町はオリーブやレモンの特産地であり、メルフィにとっても馴染み深いものだ。特にレモネードはよく飲んでいた。

「レモンか。季節はもう少し先だな……。」
「あ、別にいいですよ。そんなつもりで言ったわけではありませんし。」

 レモンそのものは年中手に入るとはいえ、せっかくなら新鮮なもので作りたいとつぶやくトレイに、メルフィは気を使わなくていいと首を横に振る。

「トレイ先輩のケーキはどれでも美味しいですからね。」

 それこそオイスターソース入りのケーキも美味しく作れるんじゃないかと彼女は笑った。

Tasting tart


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