外伝/Kalim route

※True routeと類似事件が起きたあとの話。

 元の世界に帰るため銀の鍵を作り、その結果深淵に操られたメルフィはこの学園の生徒によって解放された。後遺症はいくつか残っているものの、ほどなくすればオンボロ寮に戻れるだろう。この世界に来て随分と久しぶりに何もしない日をメルフィは医務室で過ごしていた。もちろん健康のために休息をとる日はあったけど、一日中ベッドの上で過ごすようなことはそうそうない。何もしないでいいというのは退屈なものだ。

「目はそのままなんだな。」
「そうですね、もともと瞳というのは体の中でも魔力の影響が色濃くでやすいですから。」

 見舞いに来たメルフィの目をじっとみるカリムに、彼女は頬をかきながら不格好な笑顔で返す。
 メルフィの世界は万物がマナとよばれる元素で構成されている。それは肉体においても同じことであり、魔術の過度な行使などでマナもとい魔力が枯渇するとその肉体ごと消滅する危険性を持ち、同時に外部魔力の影響を受けやすい傾向があった。
 つまるところメルフィの瞳は凶月と同じ色に染まってしまったのである。

「それに生活には何の支障もありませんし、大した問題じゃありません。」

 しかしだからといって視力が悪くなったり、アルビノのように光に弱くなったりしたわけはない。ただ色が変わった、それだけの話だ。この世界に血縁者がいるわけではないから不貞や取り替え子を疑われることもなく、元の世界に帰る予定も消した以上どうでもいいことだ。
 そうメルフィ本人が言うのに、カリムは気落ちしたままだ。

「お前の色、好きだったんだけどな。」

 多種多様な人種が集まるナイトレイブンカレッジにおいて、メルフィの瞳は特段珍しいものではない。カリムも彼女と同じ色の瞳を持つ生徒にはこれといって興味はなかった。

「……俺がもっと早くに気が付いてれば、」

 それはジャミルのときにも抱いた後悔だった。
 カリムも彼女が元の世界に帰るための研究を知っていることは知っていたし、出来ることなら一方通行ではなく自由に行き来できる手段が見つかれば良いと思ってた。自分の傍に繋ぎ止めたくはあるけれど、無理に諦めさせて悲しませたくもなかったのだ。
 少しでも長く一緒にいたくて、あわよくば自分を意識してほしくて、カリムはユウとグリムも巻き込んでメルフィを何度も宴に誘った。宴がなくとも見かければ必ず声をかけたし、彼女の先輩のなかでは一番親しい存在にはなれていたと思う。
 それでも彼女の不安の大きさは彼に理解できるものではなく、今回の異変に気がついたのも既に浸食が進んだころだった。

「仕方ありませんよ、一緒に暮らしてるユウだってなかなか確信をもてなかったと言いますし。そもそも私が深淵につけこまれたのは自業自得で、カリム先輩の責任ではありません。」
「それでも俺はあんなお前を見たくなかった。」

 実際今回の騒動はホリデーの事件と違って、本来カリムとは無関係の話だ。彼女が独自に研究した結末であり、その切欠にも過程にも彼は一切関与していない。
だからといって切って捨てるようなカリムでもないのだが。

「なあ、メルフィ。俺と家族になってくれ。」
「えっと、それは……。」
「卒業後もお前を1人なんかにしないし、不自由にはさせない。何があったとしても遠慮なく頼ってくれ。だって家族は助け合うものだろ?」

 濁す彼女を真っすぐ見据えてカリムは言葉を並べる。といっても彼の場合、その言葉に裏はなく本心からなのだろうが。
 メルフィも彼が自分を気にかけていることは知っていたし、その意味も何となく察していた。勝手に家族認定してきそうな彼に警戒したことはあったが、今までずっと黙殺し続けていたことである。

「俺さ、もう大切な人を失いたくないんだ。」
「カリム先輩の傍のほうがずっと危険だと思うんですけど。」
「それは……、否定できないけど。」

 富豪の跡取りとして狙われ続けたカリムだが、命の危機に晒されたのは彼の周囲の人達も同じだった。増えても減る弟妹に、泡を吐く毒味役、血を散らす護衛、彼に刃を向けて翌日には姿を消した使用人。
 異世界出身だということを抜きにしても、本当にメルフィに幸せになって欲しいのなら繋ぎとめるべきではないのだ。カリムの傍に彼女の望む安息はありはしない。

「それ以上に手放す方が怖い。」

 それこそがカリムの悪性の1つである。
 裏切られるのは怖い。だからこそ信じるのだ。裏切られたときのことを考えないように盲目的に、その信頼が相手の枷となるように揺らぎなく。
 かつてのカリムはそれを自覚していなかった。

「俺は出来ることより出来ないことの方が多いし、今だってジャミルに助けられてばっかりだ。それでもお前のことは俺が守ってみせるから。」

 メルフィのためを思っているかのように言葉を並べたって、その根幹は自分のためである。カリムにそれを指摘したのは目の前の彼女ではなく監督生だ。だがきっとメルフィも見抜いていたのだろう。
 今なら何故メルフィをジャミルに似ていると感じたのかが分かる。知っている癖にそ知らぬふりをするのが得意で、感情を周囲に悟らせない。触れたいと手を伸ばしても蜃気楼のような彼女はなかなかつかめなかった。

「そのためなら何だってやる。だから、俺を信じてくれないか。」

 いつかのように信じろ、とは言えなかった。信頼は双方の努力で成り立つものである。いくらカリムが誠意を見せたって、メルフィが向き合わなければ意味がない。
 メルフィがこの世界で生きていくことに不安を抱いたのは、彼女自身の怠慢によるものである。周囲を信じようとなかった、元の世界に帰ることに固執してこの世界で生きていく努力を怠った、彼女の落ち度である。
 例え彼らがヒーローではなくヴィランであったとしても、彼らはキャストではなく今を生きる存在だ。現実に聖人も悪人もおらず、善悪とは物事の一側面にすぎない。一面だけを見て分かったような気になっていたのは彼女も同じなのだ。

「これからも私は研究は止めませんし、錬金術の腕を磨き続けます。」

 医務室に平坦な彼女の声が響く。

「ともにあるなら助け合うべきでしょう。」

 守られるだけでは対等とは言えないじゃないですか。
 そう微笑んだベッド上の彼女をカリムは勢いよく抱きしめた。

宵闇に輝く恒星


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