本編/フロイド

 オンボロ寮の2人が元の世界に戻るための方法を調べ続けていることは、彼女達に関心のある人なら誰だって知っている。ユウはこの世界のやり方で、メルフィは自分の錬金術で。今のところメルフィの方がリードしているがそれだって障害が多く、"銀の鍵"が完成したところで帰れるわけではない。銀の鍵は召喚術の道具であり、異世界転移のための道具ではない。そこから更に創意工夫する必要があるからだ。

「小エビちゃんもアンコウちゃんもそんなに元の世界に戻りたいわけ?」

 この世界の召喚術の参考書を読んでいたメルフィにフロイドは尋ねる。

「フロイド先輩は私達が帰ったら寂しいですか。」
「質問に質問で返すなし。」
「すみません。」

 からかい半分に問い返せば不機嫌を露にするフロイドにメルフィは片手をあげて謝る。鍛えられているだけあって頑丈な体を持っている彼女だが締め上げられたら普通に苦しい。

「勿論帰りたいに決まっていますよ。やっぱり生まれ育った故郷の方が生きていくのは楽ですからね。」

 この世界と元の世界は成り立ちも歴史も異なる。共通点も多いとはいえメルフィの常識はこの世界では通用しない。この世界の当たり前を彼女は知らない。それらを擦り合わせる機会を学園生活で得られたのは幸いとしかいいようがない。たとえあのカラスが自分達を都合のいい使い走りと扱っていたとしてもだ。
 しかし卒業後はどうなる?毎日を生きていくだけでもギリギリの支援では貯金などできるはずもなく、学生のアルバイトで稼げる金額などたかが知れている。

「アンコウちゃんならこの世界でも十分やっていける気がするけどぉ?」
「後ろ盾があるのとないのでは大違いですよ。」

 この世界のものとは異なる独自の錬金術が強みとなるメルフィだが、後ろ盾がければそれすら搾取され続ける理由にしかならない可能性は高い。彼女の故郷も錬金術で作成される魔石目当てに植民地にされた歴史があったのだから。反対に利用価値がないと見られたとしてもポイ捨てされるだけだ。

「元の世界に戻ったところで、アンコウちゃんの知ってる世界とも限らねぇのに。」
「……そうだとしても、です。」

 相対性理論。時の流れは一見同じようで、条件が変わればその速度は変わる。こちらの一年があちらの1日かもしれないし、あちらの100年がこちらの一か月かもしれない。元の世界に帰ったところで、メルフィの知っている人はもう存在しないのかもしれない。しかしそれはシュレーディンガーの猫。実際に戻ってみなければ分からないことだ。

「感情を理論や数字だけで語ることはできないでしょう。」
「アンコウちゃん、めんどくさ。」

 なんともなさげな笑顔言うメルフィに、フロイドは心底退屈そうに返すのだった。

望郷の数式


.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -