外伝/Kalim route

 カリムがメルフィに最初抱いた印象は、ジャミルに似ているというものだった。性別からして異なる2人の容姿は当然似ても似つかないし、従者の経験もない彼女がジャミルのように振る舞ったことは一度もない。それなのにどうして一瞬でも自分がそう感じてしまったのか、カリム本人もよく分からなかった。
 ただアジーム家の長男と知ってもなお、変わらない態度には好感を持てた。研究熱心で魔法の絨毯を興味津々にみる姿は実家にいる妹や弟達を思い出す。
 しかしそれ以上にカリムが好ましく思ったのは、メルフィの監督生に向ける姉のような、母のような優し気な瞳であった。鈍い鈍いと言われるカリムでも、メルフィがユウを家族のように思っているのはなんとなく察することができた。そして蟲毒の術のようなアジーム家で育ったカリムにとって、どんな宝玉より貴いものに映ったのだ。
 だからこそカリムはその瞳がどうしようもなく欲しくなったのである。

「オレとしてはもっと頼ってくれたら嬉しいんだけどな。それこそ家族みたいに。」

 そうすれば監督生も知らない瞳の色を、自分だけに見せてくれるのだろうか。




「カリム先輩がいつの間にか私を家族認定してきそうで怖いんですけど。」
「はっ、そりゃご愁傷様。」

 宴が終わり後片付けをする最中そうごちるメルフィをジャミルは鼻で笑った。この従者、例の一件から猫を投げ捨ててやがる。

「あいつはあのホリデーで君や監督生達を随分と気に入ったみたいだからな。そういった存在をカリムは傍に置きたがる。」
「いくらカリム先輩が気に入っていても、それをご家族が認めますかね。」

 カリムが冗談みたいなことを本気で言うことはメルフィも知っている。この世界における後ろ盾がないメルフィ達を家族とみなせば、カリムは生活的援助や身元保証を惜しまない。だがどこの馬の骨とも知れぬ人間にそこまですることを周囲が認めるだろうか。

「魔力もない監督生と違って、君はなまじ力があるからな。アジーム家にとって害となる可能性も高い。」

 魔法士相手でも対等に渡り合う戦闘能力は勿論、この世界の理屈では語り切れぬ高度な錬金術。それらがアジーム家に牙をむかぬ保証はない。

「だが毒転じて薬となすともいう。ユニーク魔法も防いだその技術、野放しにするのも惜しい。」

 メルフィの故郷は人魚とかかわりが深く、人を惑わす呪歌に苦しめられた歴史を持つ。その対策として子供のころから二枚貝のような魔法道具を持ち歩く風習があった。精神干渉系の魔術を防ぐそれは、ジャミルのユニーク魔法にも有効だったというわけだ。しかもそれはフロイドのユニーク魔法と違って材料さえあればいくつも複製でき、彼女が作成できるのはそのお守りに限ったことではない。

「ならいっそ一族として迎え入れ、監視下に入れると同時にその技術を独占するのも一手と考えるはずだ。その血を引く子供にはその才も受け継がれるというなら猶更な。」

 魚が住めぬほどの清流も、底の見えぬ毒沼も、清濁併せ呑むことで巨万の富を築き上げたアジーム家だ。たかが小娘1人の毒などスパイス感覚で食すことだろう。

「カリム先輩はそれを分かってて?」
「まさか。あいつに自覚があるなら俺も苦労していない。」

 アズールのようにいっそ計算されたものであれば、ジャミルもオーバーブロッドするほどカリムに恨みを募らせることはなかった。

「だが君にとっても悪い話ではないはずだ。卒業後も安住の地を得られると思えば。」
「安住するにはアジーム家は物騒すぎます。」
「マレウス先輩とも平気で話す君がよく言うよ。」
「あの人は強者の余裕がありますから。」

 色々な思惑があってカリムの両親がメルフィを認めたとして、後継者争いで毒を盛るような人間達が彼女にどんな感情を向けることやら。解毒剤や中和剤を自分で作れるとはいえ、暗殺、濡れ衣、策謀、全てメルフィはお断りだ。

「あの能天気な陽気さから騙される人間が多いが、カリムは俺より遥かに執念深い。一度気に入ったものは手放さないさ、俺も、お前のこともな。」

 それこそこちらが手酷く裏切ろうと、元の世界に帰ろうとしても、全ては手の平だと言わんばかりに握りしめて離しやしないのだ。

欲したのはその瞳

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