本編/ヴィル
学園長の温情によってナイトレイブンカレッジに在籍可能となったメルフィだが、雑用に学業、その他もろもろと元の世界に比べ忙しい日々を送ることとなる。とにかく時間もお金も足りないのだ。そんな生活でお洒落に力を入れるほどの余裕があるはずもなく、あったとしても元の世界に帰るための研究に時間もお金も回す方が彼女にとって有意義だ。 しかしそれに納得しない生徒もこの学園にはいる。
「待ちなさい、赤じゃが!」 「待てと言われて待つ人がこの学園にいると思いますか!?」
その日、ナイスフォームで追いかけるヴィルからメルフィが逃げる姿があちこちで目撃されていた。それだけ2人の鬼ごっこが長く続いているということだが、ポムフィオーレの寮長は暇人なのだろうか。勿論そんなことはないけれど、美を極めるものとしてどうしても譲れぬものが彼にはある。
「今日という今日こそは、あんたのそのズボラな美意識を叩きなおしてやるんだから!」 「大きなお世話です!」
というのも前々からヴィルは彼女の無頓着さが気に喰わなかったのだ。安っぽいシャンプーのせいで不自然に固い髪に、家事や研究でささくれだった指は少女のそれではない。化粧どころか日焼け止めもしていない剥き出しの素肌は当然ほんのりと焼けていた。いくら夏ではないとはいえ美意識が足りないにもほどがある。 レオナといい、磨けば光るものがあるというのに何故努力しないのか。学園の数少ない女子となると余計にヴィルの鼻につく。
「ルーク、そこの赤じゃがを捕まえて!」
そんなわけで狩人を利用してでもメルフィをポムフィオーレの美容体験コースに連行したわけである。
メルフィの顔立ちはあっさりとしており、よく言えば素朴、悪く言えば地味だ。そのおかげで男子用の制服を着てもさほど違和感はないが、男子であっても華やかな生徒に比べれば掴みが弱い。決して醜くはないが、美人と評すには印象に欠けるのだ。 しかしそんな特徴のない顔立ちだからこそ彼女ならではの強みがある。化粧一つ、表情一つでガラリと印象を変えるのだ。広告塔にはなれぬが、その七変化ぶりはまさしく役者向きである。
「これで少しは様になったんじゃないかしら。」 「流石毒の君、まるで余所行きのお嬢さんみたいだ。」
いつもは無造作な髪は緩いヴェーブを描き、頬に乗ったチークはファンデーションで整えられた肌を血色良くみせる。白いフリルのブラウスに紺のスカートを纏った姿はまるでいいとこのお嬢さんのようだ。中身は熊も一撃でしとめるようなゴリラだが。 ちなみに今の形に落ち着くまでお人形にされていたメルフィの目はすっかり死んでおり、通りがかったエペルは同情するだけで、自身に飛び火する前にそそくさと退散した。可愛い顔して奴もナイトレイブンカレッジ生、薄情なところは薄情である。 さて、ここで一つ読み手の皆さんに尋ねたいことがある。ここまで読んで一つ疑問に思ったことはなかろうか。
「いくら美を極めるポムフィオーレとはいえ、なんで女性用の服があるんですか。」
ヒント:卒業生。
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