外伝/Kalim route
※当ルートのカリムは真っ白でも腹黒でもなくグレーです。
グリムがカリムを他の寮長とはまた別の意味でやべーやつと評していたが、確かに彼の善性は凡人のそれでないなとメルフィも感じた。どこか歪んだ性格もった生徒が集まる学園だが、彼の歪み方は他の生徒と種類が異なる。 一般的に善意とは親切心を意味するが、法律用語としては認識がないことであり、そこに道徳的善悪は問わない。教育において人に親切にすることはよいことだと説かれることが多いが、それは相手の事情を正しく理解しての話である。貧しさに苦しむ人間に黄金を与えても、彼らにそれを売買する手立てがなければただのガラクタだ。“善意”による“善意”は時として非情となりうる。カリムの善性はそういった危うさをはらむものであった。 ともかくホリデーの一件で変化がでたジャミルとカリムだが変わったのは二人の関係性だけではない。これまでのオーバーブロッド事件の例同様、あの日を境にオンボロ寮とスカラビア寮の交流は増えた。分かりやすいのが宴の招待だろう。相変わらず宴を開きたがるカリムと食い意地を張ってるが故に遠慮しないオンボロ寮組にジャミルは怒りを露にするようになったが、勿論その程度で屈する彼らではない。 とはいえ流石にカリムも反省しているので事前に相談するようになったし、オンボロ寮組も客人という立場に甘えず手伝った。懐事情的にタダ飯は喰いたいが対価が全くないのはそれはそれで後が恐い。彼女達がこの学園に入って身をもって学んだことである。
「メルフィ、今日の宴も楽しんでるか!?」 「うわっ」
そして今日も今日とてユウやグリムと共に招待されたメルフィは、いつものジャミル飯に舌鼓を鳴らしつつ、同じ一年生のスカラビア寮生を言葉を交わしていた。鬼の強化合宿を共に乗り越えた仲というのもあって、彼らとの仲も良好だ。熟慮を象徴するだけあって悪意害意を剥き出しにされることがないのも大きな理由だ。 そんな彼女の背中に勢いよく飛び付いたのはカリムで、メルフィは驚くがそのままバランスを崩して倒れるようなことはしなかった。屈強なサバナクロー寮生に臆することなく返り討ちにするだけはある。
「ええ、おかげ様で。このスープもパンとよく合いますし。」 「ジャミルの飯はなんでも美味いからな。こっちのクラッカーも食べてみろよ。」 「食べます食べます、自分で食べますから。」
ニコニコと青カビチーズクラッカーを口元に運んでくるカリムを宥めながら、メルフィはひょいっとクラッカーをつまんで頬張った。青カビ特有の臭みは慣れないが食べられないこともない。そう思えるのもメルフィがグリムほどの嗅覚がないからだろう。 先ほどまでメルフィと話していた寮生は気を使ったのか、青カビチーズから逃げるためか、いつの間にか席を外していた。
「それでさっきは何の話をしてたんだ?」 「熱砂の国にある魔法道具について話を聞いていたんですよ。錬金術の参考にもなりますし。」 「なんだ、そんなことならオレに相談してくれればよかったのに。なんなら取り寄せるぞ?」 「いえ、流石にそこまでは。パトロンでもあるまいし。」
学園長や寮生の話を聞く限り、メルフィの求める基準レベルの魔道具となると彼女が元いた世界より高価なことが伺える。そんなもの取り寄せたって貧乏学生のメルフィに支払えるわけない。稼いでも稼いでも学費やら数々のトラブルの賠償金やらで搾り取られてしまうため、研究費に回すはずだった予算は別のものに化けるのがしょっちゅうだ。そもそもの原因は周囲にあるっていうのに世の中はクソである。
「遠慮すんなって、お前達にはジャミルの件でいっぱい世話になったしな。後から返してくれって言うつもりはないし、いくらでも分解でも改造でもしてくれよ。」 「うーん、そっちの方が手にあまる。」
もっとも大富豪の息子で気前のいいカリムが、わざわざメルフィから金を搾り取ろうとしていると考えにくいが。実際彼は彼女に魔法道具を貸すどころかプレゼントするつもりらしい。 しかしいくらプレゼントしてくれるとはいえ限度があるとメルフィは首を横に振る。貰えるものは貰う主義だが、あまりに高価なものは手に余るのだ。メルフィの錬金術でオンボロ寮のセキュリティも強化しているが、今の環境ではいろいろ限度がある。
「うーん、オレとしてはもっと頼ってくれたら嬉しいんだけどな。それこそ家族みたいに。」 「そういう懐の広さは先輩の美点ですけど、悪い人に付け込まれますよ。」 「ん?それなら大丈夫だろ。」
ホリデーの一件で周囲にも指摘されたというのに、あっけからんと言うカリムにメルフィは眉をよせる。しかしそんな彼女にカリムが臆することは当然ない。
「だってメルフィは家族を裏切るような奴じゃないだろ。」
それどころか曇りなき眼でまっすぐとメルフィを見つめていた。
表裏一体の善悪 ← . |