外伝/Jamil route

※前話と重複しています

 宝石の価値の本質は宝石そのものではなく、その希少性にある。華やかな印象をもつ宝石だが、実際は光にかざすとガラス細工の方が煌めくし、実用性としても宝石より金属の方が形を容易に変えられるため利便性に長けている。ダイヤモンドだってその希少性をとっぱらえばただ固いだけの石ころにすぎず、害も何もない。そういう意味も含めてオンボロ寮の監督生はダイヤの原石だった。
 対するオンボロ寮の錬金術士は不用意に手を出すには危険性を孕む存在だった。彼女を例えるならば野イチゴだろう。それも有毒性の。薔薇のような華やかさはないが素朴な花の影には立派な棘があり、乱暴に掴めば痛い目をみる。艶やかな赤い木の実は思わず手が伸びるぐらい瑞々しいけれど安易に食せばその身を害す。その癖よく似た木の実は無毒なのだから余計に惑わされる。
 似たような境遇でありながら異なる世界からやってきたユウとメルフィはやはり似ているようで異なった。
 何の力も持たないユウは従順なようでその実芯の通った人間だ。例え相手を傷つけると分かっていても言いたいことははっきりと言うし、相手が誰であろうとこうと決めたら一歩たりとも譲らない頑固さを持つ。そんな彼女だから数々のオーバーブロッドに居合わせてもそれらを乗り越えられたのだろう。
 メルフィはというとトラブルがあれば物理で叩き潰す傾向はあるが、自分から何かを発することは案外少ない。以前述べた通り相談すれば話を聞くし、彼女なりの考えを示す。ただユウ程の正義感はないから、わざわざ自分からは動かない。
 そんな彼女がジャミルが長年欲した言葉を与えてくれるかといえば、答えはノーだ。凄いものは凄いというし、そこに至るまでの努力も認めてくれている。しかしそれらはジャミルだけに与えられるものではなく、絶対評価の彼女は周囲に対しどこまでもフラットだ。優劣をつけるほど一個人に関心がないのだから当然と言えば当然か。こじらせたジャミルが求めるのは一番であり、彼女の与える平等性では決して与えられぬものだ。
 それでも彼女との会話は存外ジャミルにとって居心地のいいものだった。彼女の本質が分かれば必要以上に腹を探り合う必要はなかったし、そもそも最初からメルフィはジャミルを出し抜こうなどと考えていない。ジャミルの本性を知っても目を丸くしていたのは最初だけで、そういうものかと受け入れた。同情も慰めも同意もなく、ただそういう事実があるのだと。ジャミルの苦悩をただただ認めた。そう、認めただけなのである。
 本当はそれだけで十分だっただのだ。
 ジャミルの苦悩はジャミルにしか理解できないものである。例え同じ経験をしたとしても、別人である以上全く同じ感情を抱くわけではない。それなのに別の人生を歩んだ人間に分かったような口をたたかれてもジャミルの神経を逆なでするだけだ。自分を理解してくれる人が欲しいが、安易な共感には反吐が出る。偽善者はそれを理解できずに自分の価値観だけで愛を押し付け、その重さでこちらを殺すのだ。
 本当は受けて入れてくれるだけで、それだけでいいのに。

「お前の寛容さは無関心からくるものだ。」

 だからこそメルフィの味気ない優しさにジャミルはどこか救われた気がしたのだ。彼女のあり方は、ジャミルを従者ではなく只の1人の人間として受け入れてくれたから。

「君が心動かすのは監督生だけだ。」

 しかし彼女の優しさは有限だ。元の世界に戻るため、彼女がオンボロ寮で独自の研究をしつづけているのはジャミルも知っている。そして彼女を引き留めることができるのは監督生だけとも。そのユウだって自分1人がこの世界に取り残されることになったとしても、メルフィを引き留めようとはしないだろう。

「まずは君の特別になってみせるさ。」

 ジャミルはずっと一番を欲していた。一番になればようやくありのままのジャミル・バイパーを認められる気がしてた。何が手段で何が目的かも分からないジャミルの承認欲求は、本来幼少期に満たされるはずのものだった。

「一番になる以前に土俵にすら立たせてくれないなんて癪な話だからな。」

 一番になりたくてメルフィを引き留めるのか、彼女を引き留めたくて一番になりたいのか、ジャミルは分からずにいる。

アドラーに恋す




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なおヘビイチゴの毒性は俗説であり、実際には毒がないそうな。あと棘もないよ!
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