外伝/Jamil route

 冬のホリデーの騒動も過ぎ、授業も再開したころの話だ。
 珍しく空き教室で課題をしていたメルフィに声をかけてきたのは、意外にもジャミルだった。なんでも先日迷惑かけた詫びに勉強を見てくれるらしい。彼からしてみればメルフィもせっかくの計画を破綻させた憎い相手だろうに、わざわざ自分から声をかけてくるとは。しかしせっかく教えてくれると言っているのだ、メルフィは素直に甘える。

「君は最初から気づいていたんだろう。」
「はい?」

 そんな最中、ふともらしたジャミルの言葉になんのことだとメルフィは素っ頓狂な顔をさらす。そんな彼女の気の抜けた表情にカリムを思い出し、ジャミルの眉間に一瞬皺が寄る。あの男のことは今はどうでもいい。

「俺のユニーク魔法についてだ。」
「……別に、ジャミル先輩が思ってるほどは。」

 確かにメルフィはユウ達よりずっと早くにジャミルのユニーク魔法については勘づいていた。マジフト事件の調査のときにカリムがうっかりもらした言葉と、それに対するあの慌てようを見れば、ラギーに近い魔法が使えるのだと察しは付く。

「少なくとも監督生やカリムに何かしらの魔法を使ったことは気づいていたはずだ。あの時の君は妙に静かだったからな。」
「あんなおっかない空気のなか発言できるほど、図太い精神を持ち合わせていないので。」
「そんな人間がオーバーブロッドした人間に対峙できると思えないが。」

 ジャミルの指摘は間違っていない。
 魔術師や魔法士が自分の魔力を持って術を行使するが、多くの錬金術士は魔力が少ないものが多い。ゆえに彼らは道具を作成するのだが、錬金術も魔術もマナを扱っていることには変わりはない。常日ごろから自身の魔力以外に触れている錬金術士は、実のところ魔術師より周囲の魔力の流れに敏感な傾向があった。
 メルフィが魔法士相手でも遜色なく、下手すればそれ以上に上手く立ち回り戦えていたのは、単に戦い慣れていたからではなかったのだ。魔法が発動するより早くに相手の一手を先読みする彼女に、魔法が使えないからと油断している三流が敵うはずがない。
 ジャミルもカリムの従者として暗殺者にも何度も対峙してきたのだ。ホリデー中スカラビア寮生と戦っている彼女の動きを観察すれば、彼女の動きの良さに気が付いた。一朝一夕で身に着けられるものではないその感性には内心関心したものである。

「そう思うなら何であの日、私をスカラビア寮に誘い入れたんですか。」
「監督生を引き入れば君もついてくるのは必然だったからだ。違和感を感じれば君は彼女を心配してついてくる。」

 あの時のジャミルにとってユウは使い勝手のいいダイヤの原石だった。ハーツラビュル、サバナクロー、オクタヴィネルと台風の目となっている彼女は、革命の旗印にはもってこいだった。それはまるで(ジャミルは知るはずもないが)ジャンヌ・ダルクのようで、都合が悪くなれば切り捨ててしまえばいいとさえ考えていた。結果的には彼女をきっかけに全ての計画をひっくり返されてしまったけれど。

「それに君、監督生以外の人間に興味ないだろ。」
「まさか、ユウの言うヤンデレでもあるまいし。」
「あんなことがあっても尚、俺と躊躇いなく話しているのが証拠だ。」
「んん?それって矛盾してしません?」

 興味がないのなら普通会話などしようとは思わないだろうと、今度はメルフィは眉をひそめる。

「いいや、矛盾などしてないさ。お前の寛容さは無関心からくるものだ。」

 メルフィは相談されたら話を聞くし、助けを求められたら可能な範囲で力を貸す。
 例の騒動のときだって、カリムの圧政を止めて欲しいと助けを求めば彼女はそのように動いただろう。しかし寮生はぽっと出の彼女を信用していなかったし、ジャミルに陽動され救済より革命を求めた。カリムもジャミルを信用しきっており、裏切りなんて発想すらしていなかった。だから彼女は動けなかった、動かなかった。

「俺のユニーク魔法も、狙いも、君にとってどうでもいいことなんだろ。」

 あのマレウス・ドラコニアとも躊躇いなく言葉をかわすだけはあると、ジャミルは鼻で笑う。
 種族も、生まれも、過去も、価値も、能力も、彼女にとって関係ない話だった。自分に明確な害がないのなら、誰が得をしようと損をしようと興味がなかった。興味がないから恐怖も嫌悪感もない。

「君が心動かすのは監督生だけだ。」

 この学園にしてはお人好しのメルフィだが、その実誰よりも淡白だ。相談に乗るのも、手を貸すのも、それが彼女にとっての当たり前に過ぎない。相手が心配だからとか、喜んで欲しいとか、そういった感情は含まれない。
 しかしあの夜見張り役の寮生を気絶させ、魔法の絨毯を利用してでもスカラビアを脱出したのはユウのためだった。
 ユウだけがメルフィの特別であり、彼女だけが真の意味で気にかけている存在なのだ。それ以外はメルフィにとって隣人に過ぎない。

「……あの日、俺はもう誰にも遠慮しないって言ったな。」

 すっと薄墨の瞳がメルフィに向けられる。なけなしの魔力しか持たない癖に、それでも目を逸らさない彼女がまた憎らしい。もっとも彼女のことだから、お得意の錬金術で何らかの対策をしていていてもおかしくないが。

「カリムにも、オクタヴィネルの奴らにも、誰にも、監督生にだって一番を譲るつもりはない。」

 実際ホリデー明け後の彼の活躍は目を見張るものだった。しかし魔法が使えないユウにまで張り合おうとする彼にメルフィは違和感を覚える。

「まずは君の特別になってみせるさ。」

 一番になる以前に土俵にすら立たせてくれないなんて癪な話だからな。
 そう口角をあげながらジャミルは宣戦布告するのだった。

無関心の対極


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