天文世界 28

 グレミオの死は解放軍の多くが強い衝撃をうけた。世話好きの彼は軍の中でも顔が広く、ティルが最も信頼する人物だったのに。
 その悲劇を目の当たりにしたリュウカンも彼らを共に戦う覚悟を決め、毒の花粉を無効化させる薬の作成に取り掛かった。あのような非道な手を使う男を野放しにすることはできない。
 軍全体に薬を行き渡らすとなると人手を借りても完成には少なくとも2、3日はかかる。その間ティルも休むように言われたが彼は首を横に振った。グレミオが亡くなった今も戦況は変わり続け、そうでなくとも軍主の仕事は多い。本拠地を不在にしている間にたまった書類もある。怒りも泣きもせずそれをこなす姿はむしろ痛々しいものだった。

「ティル。」
「お茶ならそこに置いてて。」

 いつものようにノックもせず執務所にやってきたロゼッタにティルは目も合わさず、つっけんどんに返す。今は彼女に時間を割くつもりはないのだとありありと伝わってくる。いつもならロゼッタもここで引き下がるのだが、彼女はそれでも彼に詰め寄った。

「ねえ、ティルってば。」
「話なら後で」
「いい加減こっち見ろや!」

 そしてあろうことか思いっきり頭突きをかましたのである。予想外の衝撃にティルの視界に星が瞬く。

「一人で抱え込むぐらいなら無視しないでよ。」

 しばらくしてようやく視界が定まり彼女のほうを向けば、額を赤くして泣きそうな目でティルを睨みつけていた。

「……ごめん。」
「謝ってほしいんじゃない。」

 別にロゼッタは謝罪がほしくて先ほどの暴挙をとったのではない。全部ひとりで抱え込もうとする彼をつなぎ留めたかったからだ。

「俺がオデッサさんとグレミオを殺したんだ。」
「何言って……、二人が死んだのは」
「ソウルイーター。」

 反論するロゼッタを遮るようにティルは己の右手に宿る紋章の名を言った。

「この紋章の代償は身近な人の魂だ。」

 どこか確信した様子でいうティルにロゼッタは言葉を失う。
 初めて右手の紋章に違和感を抱いたのはレナンカンプの事件のときだった。その直後オデッサは帝国兵に切り捨てられ失血死し、右手の紋章が熱くなるのを感じた。
 二度目はソニエール監獄の地下から脱出を目指していた時。グレミオが人食い胞子に食い殺され、再び紋章が熱をもって蠢くのを感じた。

「オデッサさんのときも、グレミオのときも、ロゼッタの魔術が発動しなかっただろ。まるで俺に魔術を使ったときみたいに。」

 それはソウルイーターが術の発動を妨害したからだ。確実に2人の魂を喰らうために。

「だから一人で全部抱え込もうっていうの?」
「次はいつ誰が犠牲になるのか、俺にも分からないんだ。それこそ今ここでソウルイーターはロゼッタを殺してしまうかもしれない。」
「私に真の紋章は効かないのに?」
「オデッサさんとグレミオだって直接殺されたわけじゃない。」

 今はまだ無事かもしれない。しかし前例を考えればソウルイーターはあの手この手で狙った獲物を殺しにかかるだろう。いくらロゼッタに紋章が効かないといっても物理には弱い。

「それでも私はティルの傍にいる。」
「自分勝手なこと言わないでくれ。」
「いーや、言わせてもらうね。ちなみにテッドに任されたからとかそんなんじゃないから。」

 彼女が自分に正直でお節介だってことぐらい、ずっと前から知っている。そんな彼女なら今のティルを放っておくがはずがないのだ。

「私だって一人の人間としてティルの助けになりたい。」
「命を懸けてでも?」
「そんなの今更でしょ。」

 解放軍に入ったころから、いや、グレッグミンスターを飛び出したころから既にそうだった。紋章の呪いだかなんだか知らないが、ロゼッタとしては今更気にするようなことではない。

「私がいつどこで死ぬかは私が決めることだし、ティルにそんな権利はないから。紋章なんかもってのほかだし。」
「きっと俺は一度縋りついたら手放せなくなる。」
「それは好都合。私もティルが嫌がっても付きまとう気だから。そりゃもうストーカーのごとく。」
「ストーカーは嫌だなあ。」

 いつもの調子で言うロゼッタにようやくティルはいつもの笑みがこぼれた。きっとこれからも彼女の我儘という名の優しさに甘えてしまうのだろう。それがどれだけ恐ろしいことなのかと分かっていても。

「こうなったら私達は運命共同体、一蓮托生ってやつだからね。」
「……ありがとう、ロゼッタ。」

 もしこの先彼女が元の世界に戻りたいと言う日がきても、きっとティルは彼女をつなぎとめてしまうのだろう。そちらだって好き勝手言うのだ。これぐらいの我儘許してほしい。

我儘な優しさ
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