天文世界 26
パンヌ・ヤクタ城戦から3か月たったころ、解放軍に嬉しい便りが届いた。フリックが旧メンバーの生き残りを連れて、新しい本拠地に戻ってきたのだ。レナンカンプ以来行方不明になっていた人物との再会に、ロゼッタも嬉々と彼がいるという広間に向かって走っていたのだが。
「俺が用があったのはオデッサだ。ティル、お前なんかじゃねえ!」
階段にまで響いた怒声に思わず足を止めた。とても再会を喜ぶような空気ではなく、何事だと恐る恐るロゼッタは部屋をのぞく。
「俺はカクの町の村にいる。ハンフリーとサンチェスも気が変わったらきてくれ。そんな奴らと一緒にいる気はないだろ!」
そう怒鳴るフリックはすれ違ったロゼッタに目もくれず階段を下りていく。一体何があったのだと、ロゼッタは広間に残されたメンバー達を見ることしかできなかった。
そろそろ潮時だったのだ。解放軍がバラバラにならぬようオデッサに己の死を隠すように言われたが、隠し続けるのにも限界がある。旧解放軍のメンバーも集まった今、オデッサの生死に疑念を抱く者も少なくない。 故にティルはフリック達にオデッサの死を打ち明けた。彼女の遺志を継ぎ、自分が新しくリーダーを務めていることも。 オデッサの死、新しいリーダー。そのどちらにもフリックは激怒した。無理もない話だ。フリックとオデッサは少なからずとも互いを想いあっていたし、その死は簡単に受け入れられるものではない。共にいながら彼女を死なせてしまったティルをリーダーとして認めるわけにはいかなかった。 しかし解放軍としては彼を手放すのは惜しい。フリックは旧解放軍でオデッサの次に人望のある人物だ。その剣の腕も確かであり、戦力としても申し分ない。何よりもオデッサや彼女の作った解放軍を想って怒れる彼だからこそ必要な存在だ。 フリックを刺激しないためにも、カクの町にはビクトールとティルだけで訪れた。少し時間を置いたおかげで、彼もすこし興奮が収まったようである。
「すまない、フリック。俺がいながらオデッサを……。」 「別にいい、ビクトール。本当はお前たちが悪いわけじゃないってことぐらい俺も分かってるさ。」
先ほど怒りが八つ当たりだってことはフリック自身分かっているのだ。解放軍なんて帝国に楯突くようなことをしている以上、いつだって危険とは隣合わせだった。リーダーであるオデッサは尚更命のリスクは高まった。
「昔よくオデッサによく言われたよ、貴方はもっとリーダーとしての自覚を持つべきだってな。さっきだって怒りに駆られてここまで来た目的を見失っちまった。」
きっとオデッサも自分の死をなんとなくさとっていたのだろう。そのうえでティルに跡を託したのだ。
「オデッサは最後、なんて言っていた。」 「フリックさんの優しさにいつも支えられていたと。」 「あいつは最後まで……。」
死の瀬戸際までオデッサがフリックを想ってくれていたことに、嬉しいような不甲斐ないような複雑な心境になる。彼女の期待にも応えるためにも、フリックは改めて己が何を為すべきなのか考えなければならない。
「ティル、俺はまだお前をリーダーと認めることはできない。だが今はそんなこと言ってられる場合じゃない。だから……、俺からお願いする。一緒に戦ってくれ。」 「もちろんです。こちらこそお願いします。」
肝心なのは誰がリーダーであるかではないのだ。
ティルとビクトールはフリックと共に本拠地に戻った後、各部署部隊の代表を集め今後の方針を話し合った。 フリックによるとレナンカンプの事件が起きた後、旧解放軍の生き残りを連れミルイヒの治める西方に逃げ込んだのだが、ある日を境にミルイヒの反乱分子狩りが激しくなったのだという。おまけにミルイヒは反論するもの全てを敵とみなしており、町の住人達はミルイヒに言われるがままになっていた。 次の目標はミルイヒが治める西方の解放と捕らわれた仲間達の救出である。解放軍は早速作戦に取り掛かった。 西方に繋がるガランの関所は今の解放軍ならば難なく攻略できた。しかし問題はミルイヒの本拠地、スカーレティシア城だった。城に咲き誇る人の何倍も大きい赤い薔薇から撒き散らされる毒の花粉に手も足もでなかったのである。 スカーレティシア城を攻略するにはまず、あの毒薔薇をどうにかしなければならない。そこでここは一度引き下がり、少人数で西方の偵察をすることにした。メンバーはティル、フリック、ビクトール。そしてビクトールに同行に反対されながらも、押し切ったグレミオの4人である。
「グレミオさんだけずるくない?私も行きたかったんだけど。」
一方ロゼッタはというと本拠地のベッドで不貞腐れていた。
「魔力の使い過ぎで倒れた人間がよく言うわね。」 「倒れてませんー、ちょっと立ち眩みしただけですー。」
ミルイヒ軍にやられた兵士の解毒治療で大量の魔力を消費し、立つこともままらなくなっただめだ。薬にも限りがある中、彼女がいなければ解放軍の被害は更に甚大なものとなっただろう。 少し休めばすぐに回復すると訴えた彼女だが、当然ティルに却下され安静をとるよう命じられた。軍主命令と言われれば従うしかないし、それに逆らうほどの元気がないのも事実であった。 そんな彼女に呆れた顔で話しかけるのは最近解放軍に参入したアップルである。ロゼッタが隙を見てベッドから抜け出し、あちこち動き回らないよう監視役だ。
「本当マッシュ先生といい、なんであんた達はあいつに拘るのかしら。戦争なんてしないのが一番なのに。」
そうため息をこぼすアップルは解放軍やティルの思想に賛同してここにいるわけではない。敬愛するマッシュがここにいるからであり、彼女にとってティルはただの少年に過ぎなかった。
「人が人を助けるのは理屈じゃないだぜ、お嬢さん。」 「腹立つからやめて。」
フッと決め顔で言うロゼッタの頭をアップルが叩く。少しでも真面目な話をしようとすればすぐこれだ。
「でも実際その通りなんだよ。一生懸命な人を応援したくなるのは人の性だし、そこに損得なんて考えないもんだって。」 「そういうもの?」 「そういうものなのです。アップルだってそうでしょ。」
解放軍に疑問を抱きながらもマッシュがいるからとここに来たのだ。それが何よりの証拠だろう。 人を動かすのはいつだって人の心だ。その心の示し方は人それぞれだけど。
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