天文世界 15
拠点を手に入れ人手もじわじわと増えていく中、次に直面するのが資金の問題だ。オデッサのころから付きまとっていた問題だが、これは簡単に解決する者ではない。なんせ帝国からしてみれば反社会組織である解放軍に資金調達できる場は限られているからだ。大っぴらに商売及び取引しようものならすぐに取り押さえにくるのが落ちである。 そこでマッシュが提案したのは町ごと解放軍に引き入れようというものだった。トラン湖の南に位置するコウアンは自治権が強く、他所に比べ帝国軍の息があまりかかっていない。また領主のレパンドもマッシュと旧知の仲であり、情に厚い人物だ。本拠地から比較的近いのもあって最初の協力地としてはうってつけである。 ティルは本拠地の守りをマッシュに託し、グレミオ、クレオ、ビクトール、ロゼッタといつものメンバーを連れコウアンへ向かった。
「最近偉そうな軍政官がやってきたんだが、これまた随分と横暴な奴なんだよ。さっさとレパンドさんが追い出してくれりゃいいんだけどなあ。」
しかしいざコウアンに行ってみると聞いていた話とは少し様子が違っていた。町には帝国兵がわが物顔で闊歩しており、それを不愉快そうにみる町の住人達との間には緊張した空気が流れている。 住人たちが期待を寄せているレパンドはいうと、多忙を理由にして誰とも会うつもりはないようだ。いつになったら暇になるのかとビクトールが尋ねても、番頭のジョバンニは曖昧に答えるばかりである。 流石に顔を見ることもできないまま本拠地に戻るわけにはいかないティル達だが、多忙の理由も原因も分からないのでどう対応すればいいのか頭を悩ました。そんな彼らに近づいてきたのは、如何にも胡散臭いクリンという男である。
「うきき、あんたらみたいな人間が正面から行ったんじゃ断られ続けるのがおちさ。あいつらは帝国に歯向かう集団に関わるのを避けるために屋敷に籠ってるからな。」
だがいい案があるとクリンが持ち掛けたのは、彼の屋敷にある銘刀キリンジを盗み出すというものだった。
「レパンドが何より大事にしているのが妻のアイリーンと銘刀キリンジさ。その片方が盗まれたとなれば必ず本人が追ってくる。」
そこからレパンドに事情を話すなり脅すなりすればいいが、人攫いよりずっと良心的だろうとクリンはニヤニヤと笑う。 作戦は今晩レパンドの屋敷で行うことになり、一行は一度その場を解散することになった。
領主の家ともなれば夜間と言えど警備は怠っていないだろうと考えてはいたが、クリンの手引きで侵入したティル達を出迎えたのは武装したからくり人形たちだった。それも一体二体どころの話ではなく、ルーレットで当たりを引かなければ先に進めない廊下といい、まるでダンジョンである。これらの仕掛けを作ったジュッポが解放軍に協力するという予想外の展開がなければ、夜明け前にキリンジ刀を持って脱出するのは厳しかっただろう。 そうしてティル達は本来の目的通り、盗人を追いかけてきたレパンドと直接話をすることができた。ちなみに策を考えたクリンは睡眠薬をティル達に盛ろうとしたところを返り討ちに会い、ぐっすりと眠っている。銘刀キリンジ刀を持って自分だけとんずらするつもりだったのだ。
「そうか、マッシュ殿が……。彼の頼みならすぐに力になりたいが、私にも事情があるのです。どうかキリンジを置いてお帰りください。」
怒り心頭だったレパンドはティルから事情を聞くと大人しくなったものの、それでも期待に答えることはできないと首を横に振った。
「理由をお伺いしても?」 「私には守るべき家族がいる。彼女たちを戦いに巻き込むわけにはいかないのです。」
ティルの問いに答えたレパンドの答えは人間らしいものだった。そう言われてはティルも強く出れない。彼の力が必要なのは本当だが、帝国に虐げらる人のために活動している解放軍が無理強いをしては本末転倒だ。キリンジ刀を使って脅しても帝国軍と同じ立場に成り下がるだけである。
「わかりました、刀は返します。」 「かたじけありません。それでは失礼いたします。」
ティルからキリンジ刀を返してもらい、レパンドが屋敷に戻ろうとしたときである。ティル達も見覚えのある人物が必死な形相でレパンドのもとに走ってきた。
「旦那様ー!奥様が新任の軍政官に無理矢理連れていかれてしまいました!」 「なんだと、アイリーンが!?」
ジョバンニの報告にレパンドは血相を変えて町の北に位置する軍政官の屋敷に向かった。
帝国兵をなぎ倒しながら屋敷に突入するレパンドをティル達も追いかけた先にいたのは、ティルのかつての上司だった。金髪の美しい婦人を無理やり部屋に連れ込んだ彼は、思わぬ再会に声を荒げる。
「またしても貴様か、ティル!お前のせいで私はこんな片田舎に追いやられたのだぞ!私の出世の邪魔をするだけに飽き足らず、今度は私の楽しみの邪魔か!」 「……楽しみ、ですか。クレイズ殿、どう見てもその方は嫌がっておられるようですが。」
相変わらず己のことしか考えていないクレイズにティルは嫌味たらしく笑いかける。体裁を保つためとはいえ、一時だけでもこんな非道な人間に従っていたと考えると虫唾がはしる。
「この下種野郎が、アイリーンを返しやがれ!」 「はん、これ以上近づいてみたらどうなるか分かってるだろうな。わざわざ私も美人を傷つけるような真似はしたくないのでね。」
鬼の形相で詰め寄るレパンドにクレイズはアイリーンを盾にする。ナイフの剣先は彼女の首に向けられ、こちらも迂闊に出られない。
「本当、腐り切ってますね。こんなのに従っていたかと思うと……。」 「なんとでも言えばいい、私も自分の身が可愛いのでね。」
非難するグレミオにクレイズは人質がいる分強気で返す。
「それより懐かしい男に合わせてやろう。おい、早く出てこい!」
クレイズが大声で呼び出したのは、ティル達にとってなじみ深い人物だった。
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